「明日も生きよう、そう思える支援が必要」遺族が語る真の寄り添い

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ある日突然、日常を奪われ、事件前と事件後で人生を真っ二つに分断されてしまう過酷さ。それは、決して犯人が捕まれば終わるようなものではありませんでした。犯罪被害者が置かれる残酷な現実について、次のように投げかけます。

(堤 敏さん)
「犯罪は、被害者の人生を事件前と事件後に分断します。その境界線は、ある日突然、何の予告もなく訪れます。それは残酷で容赦ないものです。しかし、その後に続く苦しみ、それは社会はほとんど知りません」

「事件が終わっても、被害者の苦しみは終わらない。犯人が逮捕されて、裁判が終わって、判決が出て、その刑が確定して執行されても、社会的には解決したとされる事件でも、被害者に解決はありません」

「むしろ、事件後に始まる苦しみのほうが長くて深く重いんですよ。日常の当たり前、日常の普通まで奪い取ってしまうんです。犯罪被害に遭った遺族、被害者にとって、普通に過ごすってことは、最も簡単に見えて、最も難しいことなんです」

「普通の生活っていうのは、生活が回るっていうことが前提になるんですけども、被害後はそれが難しくなる。仕事に行けない、家事ができない、学校に行けない、人と話せない、予定を立てられない、そういういろんなところに問題が発生します」

「普通に過ごすには、社会とのつながりが必要ですけども、被害者は被害後、それが難しくなっていって、孤立することもあります」

「遺族、被害者が最後に感じる、そのことは『普通に過ごすことが、どうしてこんなにも難しいんだろう』

「事件前は当たり前だった普通が、事件後は一番遠い場所にある、というふうになって、法律があっても制度があっても、被害者はゼロではない、マイナスのどん底、そっから普通を探し始めるんです」

「ほかの事件で息子さんを殺されたお父さんが、

『私たちも半分殺されたんだ』

そうおっしゃいました。

また、別の被害者遺族の方は、

『事件から今日まで、自分は死なないように生きてきました』、

そうおっしゃいました」

「被害者、あるいは遺族が完全に立ち直ることがあるのか、できるのか、それは私には分かりません。被害者遺族が前を向く、立ち上がる、最初の一歩を踏み出す、それは被害者自身が、自分の行わなければならないんです」

「それは、ものすごくしんどいことなんですよ。そこに踏み出すための支援、それも絶対必要なんです。私の場合は多くの方々から励ましや支援をいただいて、今こうしています」

「兵庫県警の刑事さん、警察官の皆さん、県警被害者支援室の方々、兵庫被害者支援センター、ご近所の方々、息子の同級生や友達、被害者や遺族が集まる自助グループなど、数えればきりがないほど多くの人に助けてもらって、励ましていただいて、こうして今ここに立っています」

「私の場合は、こういった支援を受けたり、自助グループの集まりがあったりと、多くの人たちに支えられて、今の生活を送ってますけども、『全く声が上げられない、仕事もできなくなって、経済的にもちょっと困窮してるんだよ』という、被害者や遺族、そういう方々、たくさんいらっしゃいます」

「事件から今日まで、死なないように生きてきた、そうおっしゃる被害者や遺族が、明日も生きよう、そう思える支援が必要なんですよ」

「毎日どこかで、事件や事故が起きて報道されています。それらを見るたびに、被害に遭った方々やご家族のことを思うと、胸が苦しくなります」

「この被害者の周りには、どれだけの家族がいて、どれだけの人が悲しんで苦しんで、どれだけの方がつらい思いをするのか、それを思うと苦しくなります」