狂った歯車…極度のプレッシャーとケガの連鎖
5月10日。久保の社会人デビュー戦となる木南記念陸上の会場は、記録への期待に膨れ上がっていた。
スタート直後から果敢に前に出た久保だったが、ラスト1周直前で失速。結果は7位、自己ベストから7秒以上も遅れるフィニッシュとなった。高校2年のデビュー以来、一度も日本人に負けていなかった久保の、まさかの惨敗。レース後、彼女は報道陣に対応することなく会場を後にした。

レース直前、久保はパニックに陥っていた。一体、何が原因だったのか。横田ヘッドコーチは「走り出した瞬間『違う』と思った。本人も『アップは良かったけど(選手)召集でパニクりました、訳が分かんなくなっちゃいました』って」と振り返る。
久保を襲ったのは、極度のプレッシャーだった。日本記録保持者の社会人デビュー戦ということもあり、周囲の期待は相当なものだった。
「過度なプレッシャーは…やっぱりまだ18歳なので。見せない部分もありますけど、僕もフォローしきれなかった部分かな。もちろん本人と話して決めた初戦ではあったけど、もっと準備をきちんとしてから出させてあげても良かったのかな」と横田ヘッドコーチは悔やむ。
のしかかる重圧に加え、コンディションにも不安を抱えていた。高校3年の夏以降、左ひざ裏の肉離れや右足の疲労骨折と度重なるケガに悩まされ、競技人生で初めてとなる長期離脱を余儀なくされていた。久保は「1か月半は走れなかった。ウォークとか水泳とかバイクはしていたけど。戻ったら全然走れなくて…」とその苦境を語る。
スパイクを履いて本格的な練習を再開できたのは、レースの3週間前。心も体も、万全には程遠い状態での敗北だった。
レース後の久保について、横田ヘッドコーチは「レースの後、3日間くらいご飯食べなかった。全然食べられなくて。このまま今シーズンいっちゃうかなと正直心配した。ここから立ち直れるのかなと。ヤフコメ見ちゃったりしていたので」と明かす。
ネット上には手厳しい批判や心無い声が溢れ、その大きすぎる期待の反動が彼女をさらに追い詰めた。不甲斐ない自分を責め続け、食事もまともに摂れない日々が続く。予定していた次のレースもコンディション不良で欠場した。
憔悴しきった久保に声をかけたのは、チームメイトの新谷だった。数々の大舞台を経験してきたベテランからかけられた言葉を、久保はこう振り返る。
「『自分のために走っているんだから、他のことなんか気にしなくていいよ』みたいに励ましてくださって、『自分もたくさん苦しい時もあった』と話して、すごく刺さるというか。『まだ自分はこのくらいなんだ』と、こんなことしている場合じゃないなと思った」
先輩の言葉に背中を押され、少しずつ前を向きはじめた。














