家族が立てた「3つの誓い」

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絶望から立ち上がるため、寺輪さんは家族で誓いを立てます。

(寺輪 悟さん)
「そして何より家族、すごく団結心が強かったです。ほかのご家庭がどうなのか私は分かりませんけども、すごくいい関係を築けていた、何でも喋れるようになったんです。ですから3つの誓いを立てました」

「後追いは絶対にしない」
「そして加害者の家には何があっても行かない」
「そしてアルコールをやめる。酒に逃げるな」です。

「そういう3つの誓いを立てました。その3つの誓いを立てることによって、なんとか奮い立たせて歩くこともできるようになりました」

「3つの誓い」を胸に、前を向こうとする寺輪さんでしたが、遺族が自分たちだけで社会復帰を果たすことの難しさも痛感していました。被害者遺族を取り巻く「孤立」という深刻な問題について、胸の内を明かします。

(寺輪 悟さん)
「やはり誰かの力がいるんです。そう考えたときに、私は恵まれている、私の場合はこれで良かった、そう考えるようになりました」

「もしも、これが母子家庭ならどうでしょうか。父子家庭ならどうでしょう。身寄りがない方ならどうでしょう。嫌われている方なら、友達がいない方なら。そういうような思いに至ったんです」

「そのときに受ける悲しみは、私は同じだと思っていた。そして悲しんで悲しんで悲しんで、とことんとことん自分を追い込んで、さすれば社会復帰の兆しは出てくる。それは1年だろうが10年だろうが20年だろうが分かりません。個人差もあると思います」

「しかし、何らかの社会との関わりを断たれるということは、やはり孤立するということなんです。現に妻は十分悲しませてやることはできませんでした。いくら仲のいい家族でも、自分たちで精一杯なんです」

「そして私たち家族、私やお兄ちゃんお姉ちゃん、少しずつ社会と関係を持ち始め、私は12月末には社会復帰しました」

「お兄ちゃんも大学に行きました。お姉ちゃんも高校に行きました。そしてやっと妻は、私たちの面倒を見る必要がなくなったんです。そこからやっと悲しむことができた」

「私は非常に後悔しています。悲しいときに泣けない。泣きたいときに泣けない。これが一番辛いんです。何も考えずに悲しませてやりたい。その思いで『犯罪被害者支援条例』というものに私は目をつけました。ただそれだけです。さすれば自分で区切りをつけ、社会と関わりを持つようになると私は思っています」

「区切りをつけるのは大変難しいことです。妻は外に出るのに10年かかりました。それが早いのか短いのかは分かりません。でも(勤務先の)院長夫妻は、妻がいつ帰ってきてもいいように、厚生年金をずっとかけてくれていました。そんなことが普通できるでしょうか」