「運命だと思った」父の名前が刻まれる年に記帳者を初公募
ボランティアガイドとして原爆ドーム前に立つ父・興弘さんを手伝おうとした矢先の別れ。息子の一弘さんは、何かできることはないかと考えていたときに「原爆死没者名簿の記帳者を公募する」というニュースを目にします。

寺尾一弘さん
「毎日心に穴がぽっかりと空いたような時期をずっと過ごしていた中で、記事を目にした。被爆者の父が亡くなって父の名前が刻まれるその年に、初めて一般市民から公募をする。これは1つの運命だなと思いました」
ボランティアガイドとして原爆ドーム前に立つ父・興弘さんを手伝おうとした矢先の別れ。息子の一弘さんは、何かできることはないかと考えていたときに「原爆死没者名簿の記帳者を公募する」というニュースを目にします。

寺尾一弘さん
「毎日心に穴がぽっかりと空いたような時期をずっと過ごしていた中で、記事を目にした。被爆者の父が亡くなって父の名前が刻まれるその年に、初めて一般市民から公募をする。これは1つの運命だなと思いました」





