1994年3月、夢を追ってアメリカへ渡った日本人の青年が突如、強盗に襲われ銃で撃たれ命を落としました。

亡くなったのは、千葉県の伊東拓磨さん(19)。

「本場のハリウッドで映画を学びたい」と抱き、突き進んでいた夢は、事件によって断ち切られました。

拓磨さんの弟で弁護士の伊東秀彦さんが6月24日、香川県高松市で開かれた講演会で、兄を失った当時の苦しい心境を語りました。

あれから30年。残された家族は、深い悲しみだけでなく、「異国の法制度」「周囲の何気ない言葉」そして「終わりの見えない裁判」とも戦い続けてきました。

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伊東さんの兄・拓磨さんは、幼いころから喘息やアトピーの持病がある中で、見出した夢が「本場のハリウッドで映画を学ぶ」ことでした。拓磨さんは、夢への切符を手に入れるため、目標に向かってひたむきに努力を重ねたのです。

(伊東秀彦さん)
「『平凡な家庭』というのがそのまま当てはまる家族でして、ことさら裕福ではありませんでしたし、パスポートも持っていませんでした」

「そのため、兄は少しでも足しになるようにということで、高校生活の合間に高校の許可を取って、アルバイトをしてお金を貯めるなどしていました」

「また、言葉の問題ですが、我が家は海外とも全くの無縁で、パスポートすらなかった状況でした」

「また、兄自身、(持病のために)学校生活がなかなか大変で、それまではあまり勉強も身に入れてなくって、例えば教科書に大好きな絵のパラパラ漫画を描くような子だったみたいでしたが、一度留学を決めると、英語に関しては必死に勉強するようになりました」

「趣味の映画を兼ねて、字幕なしで映画を鑑賞して、日常英語の感覚をつかんだりもしていました。喘息などのストレスもあって過食傾向もありまして、留学を決めるまでは相当太っていたんですが、このままじゃだめだということで、留学に向けてダイエットもしまして、約50キロの減量も成功させました。それも高校時代でした」