元気があれば「何か降ってきそうな感じ」

稲木監督:
富士山もすっかり雲が晴れて。(イチローさんは)持ってるよね。

イチローさん:
持ってるよ。俺は持ってますから、それはそう。それは認めます。(富士山をさして)こういう事です。

イチローさん:
僕、普段こういう感じなんですよ。割と“陽”だから性格。全然“陰”じゃないですよ。そうしているとね、今日のこういう感じとかね、何か降ってきそうな感じするのよね。本当にあるからね。でもいつも下を向いて暗い人はそういうの来ないですよ。そういう意味でもっと元気出して。「元気出していこう!」の「元気」が全然ないからね。

元気を出すことの意味を説くイチローさん

中澤樹主将(2年):
いつもより活気があったと思うんですけど、それでもまだ活気がないと言われたので。明日、たぶんみんな、今日の何倍も頑張ると思うのでそれも含めて全部楽しみです。

野球は“共通語”になっていた?

翌日、1日目に元気がないと指摘された選手たちは、イチローさんの熱い指導でどのように変わったのか。

「元気があれば何かが降ってくる」。だから元気を出そうと鼓舞したイチローさん。しかし、その野球を理解するのは彼らにとって簡単な事ではない。指導を振り返り、インタビューでイチローさんは次のように語った。

記者
「このレベルの野球部員たちというのは野球がどこまで共通語になっていたという感覚ですか?」

イチローさん
「なってないと思いますね」

記者
「全然?」

イチローさん
「ポカーンとなっていると思いました。・・・ただ頭では理解できるから。でも“野球語”っていう風に考えるとなかなか難しいかな」

野球が“共通語”にならない。指導するなかで、こんなシーンがあった。
走塁練習で一塁走者だった水越選手は、バッターの三塁線へのバントの間に二塁を狙うもアウトに。すると、水越選手はイチローさんにこんな質問をした。

エース・水越選手:
いま、バントで走塁してアウトになったんですけどタイミング的に仕方がないのか、セーフになる方法があるのか・・・

水越選手とイチローさん

イチローさん:
今のでセーフになるタイミングというのは・・・。じゃあ、バッターが空振りした時に一塁でアウトになる距離でしかセーフになれないから。僕はそれは・・・僕の野球じゃない。でもね、みんなの野球部としての考え方があるから、それはわからないけど、二塁を取るために一塁を犠牲にするっていう考え方は美しくない。やっぱりしっかりやっていれば守備側はアウトに出来るし、攻撃側もしょうもないミスはないし、それが画として見た時にすごく綺麗になるからね。

「画として見た時に綺麗になる」。そのアドバイスを受けた水越選手はどう感じたのか?

エース・水越選手:
イチローさんは「綺麗な野球」っていう言葉があってそれがすごく心に響いて。だけど「綺麗な野球」というのが何か、イマイチわからない。

イチローさんが考える「綺麗な野球」とは・・・。先ほどの走塁練習を例にあげて教えてくれた。

イチローさん「バントしてサードに飛んで、二塁に行くわけですけど、それでアウトになる。今のタイミングでアウトになるという事はもう少しリードした方がいいんじゃないかというニュアンスでしたけど。いやでもそういう事じゃない、野球というのはね。相手がいいプレーをしたら普通にアウトになるのは当たり前の事で、そこをセーフにする必要は全くないし、仮にあれがセーフになったら疎かになるところは必ずあるから。画として見て欲しいんですよね、野球というゲームを。その時に不細工な画にしてほしくない。しょうもないミスが不細工な画につながっていくわけですよね」

イチローさん

二塁でセーフになろうと、無理にリードを大きくとると、牽制などでアウトになる可能性が高まる。リスクを背負いすぎてミスするのは美しくない。当たり前のプレーを当たり前にする中で挑むところは挑む、それが「綺麗な野球」だという。

水越くんはこの言葉の意味を一晩中考え、こんな答えにたどり着いた。

エース・水越選手:
「綺麗な野球」っていう言葉を聞いて、昨日家で考えてきたんですけど、一塁でアウトになるプレーは一般的に考えて上手いプレーではないので、第三者から見た時も上手く見える野球が「綺麗な野球」なんじゃないかなって考えてきました。

そう話す水越選手のVTRを見ながら、イチローさんは「いいじゃないの、いいじゃないの。うれしいね」と笑顔。

イチローさん「ちょっと奇をてらってしまうというかね。能力ではかなわないからそういうところで何とか、という考え方がすごく共通していたと思います」

強豪校に勝つにはどうすればいいかを考えすぎて、リスクを犯していくうちに奇をてらった野球になる。そうではなく綺麗な野球をして欲しい、そのうえでもっと元気を出して欲しい。