2020年から始まったイチローさん(49、マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクター)による高校球児への野球指導。「限られた時間の中で様々なことに取り組む高校生たちと一緒に野球をやってみたい」と、今回、自らの意思で富士山の麓にある静岡県立富士高校への訪問を決めた。これまで指導してきた智弁和歌山(和歌山)といった強豪校と違い、36年間甲子園出場がない同校。地元では、野球よりも勉強で知られる県内有数の進学校で、地域社会のリーダーを多く輩出している学校だ。2日間の訪問でイチローさんが球児たちに伝えた「綺麗な野球」とはー。独占インタビューでその真意を明かした。
イチローさん「彼らにとって野球がメインじゃないですから。もう高校生なのに完全に将来を見据えている子たちが多いと思うんですよね。野球が好きだけど、そこまで突き詰める気持ちはなかったと思うんだけど、でもこういうきっかけで、野球もやっぱり真剣に。ダラダラやるんじゃなくて、目的を持ってやると、きっと目指してる勉強のその先にある、それにもつながるんだろうなということを、きっと学んでくれるんじゃないかという期待をしています」
その野球部にイチローさんが興味を持ったきっかけは、部員たちが行っている子供たちを対象にした野球体験会だった。
エース・水越壱成選手(2年):
この地区、富士宮と富士地区は野球人口が少なくなってきて、そういう状況を変えていかないと本当に野球っていうものが薄れてきちゃっているので、それがないように取り組んでいます。

イチローさんは別室で野球体験会の様子を熱心に見つめていた。
イチローさん「本当に初心者の子たちに教えてるんだ」
ここにきたのは彼らの取り組みに感じるものがあったからだ。
イチローさん「地域への野球の普及活動、それにすごく熱心で、積極的に活動をしているということを聞いて、なかなか今小さい子どもたちが野球を知るきっかけ・・・昔なら普通にキャッチボールできていた、まぁほとんどの人は男の子だったら経験があるキャッチボールも、もう今はずいぶん特殊な動作になってしまった。そんな時代において、地域の子どもたちに、自分たちの野球ができる時間は限られてる中で、積極的に(体験会を)してくれてるということを聞いて『あぁなんかいいな』って思って」
サプライズ訪問で気になったこと
去年の12月3日、イチローさんは富士高校をサプライズ訪問。この日、イチローさんが練習を指導することを部員たちは知らされていなかった。

イチローさん:こんにちは。
部員たち:えっ!(呆然とする部員たち)
イチローさん:あはははははははは(大笑い)。全然、想像してなかったの?
部員たち:えーーーー!ヤバい、ヤバい。
イチローさん:
初めまして、イチローです。みんな野球が大好きで、社会人になってリーダーとして、また地域に還元するっていうかね、戻ってくる、そんな目標があると聞いてきました。限られた時間なんだけど、遠慮なく話を聞きに来てください。2日間よろしくお願いします。
まずは普段の練習を見守ることに。「ピーーーーー」「ピーーーーー」鳴り響いているのは練習を区切る笛の音。選手たちは笛が鳴るまで同じ練習を繰り返す。

イチローさん:いつもこんな長いの?
部員たち:いつも3分です。
イチローさん:ははは、ちょっと絞ろうと思って、今日は。何分?今日。
マネージャー:3分です。いつもと変わらないです。
イチローさん:えっ!本当?めっちゃ長いなって思って。
バッティング練習でも、笛が鳴るまでひたすら打ち込む。外野の守備練習では「じゃぁ一緒にやろうかな」。イチローさん自ら参加。より時間の長さが気になった。
イチローさん:(部員に)毎日こんなにやるの?
部員:いつもはこのくらいです。

イチローさん:
多いね。投げるのも走るのも。監督はあとどれくらいやるんだろう?この練習。
マネージャー:あと20分くらいです。
イチローさん:あと20分?嘘でしょう。いやいやいや、やめてくださいよ(笑)
エース・水越選手:
練習的にどんなに早く始まっても午後2時までっていう。何分間っていうより何時まで。
「時間が来るまで終わらない」。そう聞いたイチローさんは・・・
イチローさん:
(一緒に外野で守備練習をする部員たちに)集中力が切れてくる感じだよね。そうだよね。あと1発で終わりたいね。(ノッカーの監督に)監督、あと1発!あと1本ずつでお願いします!ラスト!
イチローさん:
(部員たちに)あと1本で最後頑張ろうって思うよね。終わりが見えてない感じが嫌だもん。途中。
イチローさん:
(監督に)最後の1本めっちゃ集中してましたね。
稲木恵介監督:(笑顔で)はい。

イチローさん:
あれからどこまで続くのかがみんな不安で。全力でいけない感じが出てきたんで、ここが今日は限界だなっていうのが見えたら、あと1本2本でってやるのは、僕はいいと思いました。
終わりが見えないことで力を残してしまう。監督が気づきにくい視点から、常に全力を出すために、短時間で集中すべきだと投げかけた。
エース・水越選手:
20分あると20分間で力を(配分して)使うっていうのと、残り1本だと20分間に使おうとしてた力を使えるっていうのは全然違って。気持ち的にもラスト1本だから決めたいっていう気持ちが出てきて。気持ちが全然違いました。
そして、もう一つ、イチローさんには気になった事があった。
イチローさん(記者との会話):
元気ないよね(笑)。元気ないよね、なんだろう?・・・元気がない。「元気出していこう」の元気がない。

部員:元気出していこうぜ!
部員:よし!(バラバラに響く「よし」の声)
イチローさん:返事がバラバラというのがちょっと面白いけど。
練習後のミーティングでイチローさんは「なぜ、元気でなければいけないのか」を部員たちに説明した。そのヒントは晴れ渡る空、くっきり見える富士山に隠されていた。