「行かせてよかった」拓磨さんが遂げた大きな飛躍
留学という大きな夢の実現には、両親の理解が不可欠でした。拓磨さんは現地での安全面の確認など自分で一つひとつ調べたと言います。
(伊東秀彦さん)
「あともう一つ、兄にとって乗り越えなければならなかったのが、両親に対する説得でした」
「うちの両親としては『とにかく体が兄はそれほど強くないし、また、海外というのがとても心配だと。あっちで事件、事故に巻き込まれたらどうするんだ』ということを両親はとっても不安に思ってました」
「兄はそういったことを分かってはいたんですが、熱意のほか、自分で学校を全部選んできて、一番安全と思われる場所も選び、寮も全部自分で選んだうえで、両親を説得しました」
「安全面についても大変気を使っていて、油断は禁物だということは分かっているということは何度も述べていました」
「こうして何度も何度も説得を試みて、ようやく両親の承諾を取り付けました。こちらの写真【画像】が、18歳当時の彼になります。留学を控えた時期で、希望に満ちた時期でした」
「こうして1993年、平成5年3月に高校を卒業しまして、その年の8月16日に成田空港からアメリカのカリフォルニア州へ旅立ちました」
兄の熱意に、ついに両親も背中を押す決断をし、1993年、拓磨さんは夢への第一歩を踏みだします。














