裁判官は「国際人権法を守る義務を負った当事者」
国際人権法の専門家で明治学院大の阿部浩己教授は、判決をどう見たのか。
「『自由権規約』に則して言うと、原則は“身体の自由”でなければならないので、本来は“身体の自由”が原則としてあって、例外的に“収容”できるかどうかを『厳密にチェックする判断基準』として合理性、必要性、比例性の3要件を当てはめなければならない。ところが判決は、入管の『原則収容主義』を前提として認めたので、“収容”が原則になり、“身体の自由”が例外に逆転してしまった。このため3つの要件は、原則として収容する中で例外的に解放できるかどうかを判断する『緩やかな基準』にすり替わった」
また、「司法審査」についてはカナダでの研究経験も踏まえて次のように語る。
「『自由権規約』は収容された場合の定期的な審査を求めていて無期限収容は認めない。カナダの場合、収容されたら直ちに独立した機関である『移民難民庁』が3つの要件に従って適法性を審査し、その後も30日ごとに確認する。求められているのはそういうチェック体制の確立だ。日本の仮放免義務付けの訴えは認められるのが極めて難しく、それをもって『司法審査』の権利が保障されているとはとても言えない」
そのうえで阿部教授は「この裁判で問われているのは、裁判官が国際人権法をどう認識しているかだ」と強調する。
「国際人権法は各国に順守を義務付けている。各国とは具体的には国家機関であり、その中には裁判所も含まれる。裁判官は、原告と被告双方の言い分を聞いて判断を下す裁定者だが、他方で国際人権法を守る義務を負った当事者でもある。問われているのは、判決を通して映し出される裁判官の自己認識だ」
もう一度、法廷に戻りたい。当初、用意した文書を読み上げていたサファリさんだったが、途中から原稿を離れて正面の裁判官を見据えた。
「すいません。自分の気持ちを伝えたい。私たちが入管に対して裁判をするのは一番怖い。勇気を持っていないと裁判はできない。ぜひ裁判官にわかってほしい。私たちも人間です。人権がある。ここまで助けていただいたのは応援の人、弁護士さんたち。ここからは、私たちを助けられるのは裁判官。日本が好きで、35年以上日本にいて、お母さんも亡くなってお墓に参りたいが、帰ったら危ないから帰れない。裁判官の皆さんにわかってもらいたい。私たちみたいにつらい目、大変な目に遭っていても入管は怖いので裁判ができない(人たちもいる)。みんなのためになるように(人間として)平等であるという判決をお願いしたい」
東京高裁の裁判官は、国際人権条約にどう向き合うのだろうか。判決は9月30日に言い渡される。
【自由権規約】
第9条1項「すべての者は、身体の自由及び安全についての権利を有する。何人も、恣意的に逮捕され又は抑留されない。何人も、法律で定める理由及び手続によらない限り、その自由を奪われない」
第9条4項「逮捕又は抑留によって自由を奪われた者は、裁判所がその抑留が合法的であるかどうかを遅滞なく決定すること及びその抑留が合法的でない場合にはその釈放を命ずることができるように、裁判所において手続をとる権利を有する」
また第5項では、違法な身体拘束は賠償を受ける権利があると定めている。
<“知られざる法廷”からの報告>
裁判所では連日、数多くの法廷が開かれている。その中には、これからの社会のあり方を問う裁判があるが、人知れず終結することも少なくない。“知られざる法廷”を掘り起こして報告していきたい。

















