胸に湧き上がってきた「塩づくり」という言葉に導かれ、奥能登の町、珠洲で暮らし始めた熊本美代子さん。いよいよ、能登製塩で塩づくり職人への道を歩み始めた。彼女の目に映る能登の海の色、そして未来の塩づくりの姿とは。【第2部/全3部】
【第1部】「自分は世界中どこにいてもいいんだ!」41歳女性が挑む…能登・珠洲の塩づくり】
待ちに待った4月、熊本さんはついに珠洲の地へと降り立つ。
珠洲での新生活をスタートさせた熊本さん。塩づくり工房への海岸道路を自転車をこぎながらふと、「まるでジブリの作品に出てきそうな場所」と思ったという。
海が青い、日が沈むときは銀色に見える…
とにかく富山より海が青い。日が沈むときには銀色に見える日もあるそうだ。
彼女が暮らすシェアハウスを案内してもらう。NPO法人が管理していて、2024年の能登半島地震の際にはボランティアの拠点となっていた場所だという。

ハウス内を見渡すと、壁紙がよれていたり、部屋が少し傾いている場所があったりと、地震の影響はあちこちに残っていた。


家賃は月3万円だが、珠洲市の移住支援補助金を利用しているため、実質その半額の負担で済んでいるという。
一方で、インフラの厳しさにも直面している。物流の関係で荷物の時間指定ができなかったり、物価も高めで、ガソリン代にいたっては金沢市より20円ほど高い。

中でも一番不便さを感じるのは食料品をはじめとする日用品の「買い物」だという。スーパーなどの商業施設までは車で30分ほどかかるため、どこかに出かける際にまとめ買いを徹底。さらに、本社の高山さんが金沢から珠洲へやってくるタイミングを見計らって、必要なものを頼んで買ってきてもらうなど、周囲のサポートを受けながら工夫して日々の生活を営んでいる。
熊本さんは不便ささえも日々のスパイスに変えながら、珠洲での暮らしを楽しんでいるようだ。















