落語と装丁に共通する「引き算の美学」

出来上がった10パターンの表紙を眺めるなかで、彦いちさんは装丁家たちの仕事にある共通点を見出したという。

「自分の落語を聴いたり読んだりしてくださって、その上で“引き算”しているんだと感じました。引き算して、1枚の紙に絶妙なバランスで落語の世界が存在しているんです」

彦いちさんがタイムスリップして若いころの自分にあう「私と僕」 デザイン・イラスト:長谷部貴志

落語は、語り手の言葉と仕草で人物を演じ分け、見えないものを「見せる」芸能だ。同じように、物語の熱量や情景を1枚の平面に凝縮し、余分な要素を削ぎ落として本質だけを伝える装丁。どちらも「引き算」によって豊かな世界を立ち上げるという点でつながっていた。

彦いちさんの心に強く刻まれたのは、ある装丁家が口にした装丁は見せるもの、中身がないと存在できない」という言葉だった。

原画も一部展示されている

表紙は、中に込められた“噺”があって初めてその役割を果たす。しかし同時に、口演されても形には残らない“噺”が本になり、表紙という「顔」を得ることで、また新たな姿を読者に見せてくれる。