日常生活に支障あるレベルとは?
2026年1月、男性は日本語で本人尋問に臨んだ。
弁護士の質問に対し、アルバイトや大学院、近所付き合い、買い物など日々の暮らしで日本語を使う状況を語った。私は傍聴席で聞いていて、日常生活に支障がある日本語のレベルとはまったく感じなかった。
一方、反対尋問に立った国の指定代理人・川勝庸史氏は、会話に比べて読み書きの面で弱点があることを突いた。
自分の経験を振り返ると、私は記者になってからロシア語を学び、モスクワに4年近く赴任した。読み書きより会話が先に身に付いた。だが、仕事にも普段の生活にも支障はなかった。母国が漢字文化圏ではない男性にとっては、なおさら会話の方が早く上達するのは自然だろう。それで日常生活に支障はない。
さらに尋問で違和感を覚えたのは、日本語能力試験で「採点の際に点数を見た」という男性の証言に対して川勝氏が執拗に質問していたことだ。一部を抜粋する。
川勝氏「日本語テストの点数を覚えているというふうに主張されるが、法務局の担当者が点数を付けているところを実際に見たんですか」
男性「見ました」
川勝氏「テストが終わった後に、担当者は席を外しませんでしたか」
男性「ないです」
川勝氏「数字を書くところを見たんですか?」
男性「見ました」
岡田裁判長「数字は見たということですね」
男性「そう」
弁護団は、それまでに提出した書面で「試験は男性の目の前で採点されて点数が書き込まれ、82、83点~91点と評価されたと記憶している」と主張してきた。実は国側も書面で「原告が主張するとおり、当該試験は原告の面前で採点が行われており」と認めていた。
なのにどうして、こだわるのか。実はこのやりとりが、“土壇場”での新たな文書提出の伏線になっていた。

















