プロ野球の私設応援団×NPB 裁判の最終決着の行方は

一審判決で、主張が一部退けられたNPBと12球団は、控訴審で全面勝訴をめざした。

NPB側の木村弁護士らは法廷で、中日ドラゴンズの私設応援団員と暴力団との関係を示す事実や、暴力団排除を定めた『プロ野球観戦約款』の主旨と仕組みを詳細に説明した。

球団によるチケット販売拒否、入場禁止が正当な対応であると繰り返し主張し続けた。

そして迎えた注目の控訴審判決。

2011年2月、名古屋高等裁判所の渡辺修明裁判長は一審判決を覆し、私設応援団側の請求を全面的に棄却したのだ。日本野球機構(NPB)と12球団に「逆転勝訴」を言い渡した。

判決は明確だった。

「暴力団との関係などを理由とする入場禁止は、差別には当たらない。応援を許可するか否かは、主催者の裁量に委ねられる」

さらに、私設応援団側が主張した「野球観戦ができないことによる精神的苦痛」についても踏み込んだ判断を示した。

「野球観戦は、生活上必要不可欠なものとはいえない」(名古屋高裁)

整理するとこうだ。
私設応援団側は、「野球観戦は憲法で保障された最低限度の生活を維持するために必要な権利、すなわち生存権に含まれる」と主張した。これに対し、名古屋高裁は「野球観戦はあくまで趣味・娯楽の範疇にとどまる」と明確に位置づけ、その主張を全面的に退けたのだ。

中日ドラゴンズの施設応援団は最高裁に上告したが、2013年、最高裁も二審判決を支持。ここに至って、NPBと12球団の全面勝訴が確定した。

この間、コミッショナー顧問の熊﨑は木村弁護士ら弁護団に可能な限りの助言を重ね、約5年に及ぶ訴訟をともに闘い抜いた。

最高裁の判断は、プロ野球界における暴力団排除の取り組みに、司法のお墨付きを与えるものとなった。反社会勢力の排除に向けた大きな前進となった。

こうして暴力団排除は着実に前進し、球場からは暴力団系の「悪質応援団」が次第に姿を消していく。

一方、猪狩は2005年、野球観戦の原点を確かめようと、本場メジャーリーグの空気に触れようと、5月の連休を利用して成田空港からニューヨークへ向かった。

ヤンキース、メッツの試合を現地球場で観戦した体験を、後年の回顧録にこう記している。

「ピッチャーが投球動作に入ると、すべての騒音が消え去り、球場全体がシーンと静まりかえり、投手と打者の駆け引きを息を飲んで見守る。空振り。ミットにバーンと収まるボールの音がはっきりと聞こえる」
「次の投球、打者が打ち返す。甲高いカーンという打球音がはっきり聞こえる。ヒット。観客は総立ちで選手にエールを送る。プレーする選手と観客の大人らしい一体感――これこそ野球観戦本来の姿ではないか。私は深く感動した」

猪狩は、こう結んでいる。

「いつか日本も、あの鳴り物で喧噪を極める子どもじみた野球観戦から抜け出してほしい。それでこそ、本当のスポーツ観戦を楽しむ姿だと、改めて確信した」

この判決は、ひとつの私設応援団を裁いただけではなかった。

プロ野球が「何を許し、何を許さないのか」を、社会に向けて明確に示したのである。それは、球場を誰のものとするのかという問いに対する、時代への回答でもあった。

(つづく)

TBSテレビ情報制作局兼報道局
ゼネラルプロデューサー
岩花 光

《参考文献》
猪狩俊郎「激突」光文社
熊﨑勝彦/鎌田靖「平成重大事件の深層」中公新書クラレ
読売新聞社会部「会長はなぜ自殺したか」 新潮社
村山 治「市場検察」 文藝春秋
致知(2020年11月号)致知出版社