「毎日水道管を叩いて点検している人たちこそニュータイプだ」富野監督は語った

『機動戦士ガンダム』では、宇宙に出ることで認知能力や洞察能力を拡大させた「ニュータイプ」と呼ばれる人々が登場する。ニュータイプの中には、時間や空間を超えて人と人とが分かりあえる能力を持つ者たちもいて、「人の革新」の象徴ともされる。

「ニュータイプ」のララァとアムロ

時にエスパーのような力をもつニュータイプたちは、作中でMSのパイロットなど「戦闘者」として戦場に向かうことも多く、人と人とが分かりあう力を持っていても、必ずしも幸福になっていない。

エースパイロットのイメージがあるニュータイプだが、現在の富野監督は、また違った「現代のニュータイプ像」を提唱している。

記者: 富野監督は物語を作ることで宇宙と世界にアプローチしてこられましたが、最近「ニュータイプ」という言葉について、「インフラを恒久的にメンテナンスできる組織と、それを維持する人だ」とおっしゃっています。この言葉に至ったのは、どういった背景があるんでしょうか。

富野: 僕の場合の物語というのは、俗に言うSFというジャンルなわけです。SFジャンルは、実を言うと嘘八百で科学的なんて考えてないわけです。

その中で「らしく」するために、僕の場合で言えばアニメの中で人型ロボットを動かさなくちゃいけないっていう、おもちゃじみたものをやるわけだから、何となくSFらしくするために、「ニュータイプ」という単語を貼り付けてみたわけです。

そして、物語の上で「ニュータイプ」って人の次元が一つ上がることなんだ、現在の知能能力が120だとすれば、200になる人間をニュータイプにする、という設定をしたわけです。

そう考えて劇中でやっていこうと思った時に、「戦闘者」というのがそういうふうに知的にレベルが上がることなのか?と考えたら、「そうではない」ということが、劇中でキャラクターを動かしていく上で分かるようになってくるわけです。

「ニュータイプ」について語る富野監督

人の次元を上げる、「人の革新=ニュータイプ」というものをリアリズムで考えていくっていうことをやらないとまずいんだよねって気づいた。

劇中でニュータイプになるハウツーというものをなんとか差し示す作品を作りたいと思ったのが、25年ぐらい前までだったんです。

それに徹底的に挫折をして、どうやったらニュータイプに至るかハウツーの物語が書けないんだからというところで、ガンダム作りも打ち切りにしたわけです。

そしてそれからまた20年ぐらい経って思ったことは、人類は、21世紀になったら…わかりやすい言い方をします。「程度のいい政治家」が生まれるというふうに期待していたんです。