冬季五輪で日本史上最多、18個のメダルを獲得した2月の北京五輪。金メダル候補にも挙げられていたスキージャンプの髙梨沙羅選手(26、クラレ)は、混合団体の1回目のジャンプでスーツの規定違反によりまさかの失格となった。「本気で辞めることを考えていた」という髙梨選手が現役続行を決めた理由とは。今だから聞ける当時の思いを高橋尚子キャスターが取材した。
「一番やってはいけないことをやってしまった」
かつて、長野オリンピックが行われたジャンプ台に、髙梨選手の姿があった。その姿を、高橋キャスターは目に焼き付けるように見つめていた。「元気に飛んでいる髙梨選手の姿を見られるだけでうれしいです」。
9年前から髙梨選手を何度も取材している高橋キャスター。その中でも特別な時間となった、約1年ぶりの再会だった。
高橋キャスター:
こうやってまたインタビューできて本当にうれしいです。
髙梨選手:
私も尚子さんにお会いできてとてもうれしいです。
高橋キャスター:
高校のときからずっと見てきて、全然変わらないんだなって印象があるんですけど、自分の中で変わらない部分と変わったと思う部分はありますか?
髙梨選手:
変わったなって部分は、年々疲れの残り方が違うなって思います。
高橋キャスター:
まだ26歳とかですよね?
髙梨選手:
10代のころは何本飛んでも次の日も何十本も飛べるっていう感じだったんですけど、今はそうじゃないなと思います。
スキージャンプを始めた小学2年生の時から、ずっと変わらない思い。
「楽しいことはやっぱりジャンプです」(当時14才のインタビューより)
「ジャンプが好き」(当時17才のインタビューより)
そんな彼女に今年、人生最大の試練が訪れた。
2月、北京オリンピックのスキージャンプ混合団体。
実況「さぁ髙梨、チームに勢いをつけるジャンプを見せられるか…伸ばした来た!ビッグジャンプ髙梨」
1回目、103mの大ジャンプに笑顔を見せた直後。
実況「今手元に入った情報だと、日本の髙梨沙羅がスーツの規定違反で失格ということになりました」
太もも周りが規定より2cm大きく、スーツが規定に違反しているとされ、髙梨選手の1回目の記録が無効となった。
髙梨選手:
コントロールルーム(検査室)に行って、色んなことがあったんですけど、そこで失格という事実を伝えられて、頭が真っ白になりました。本当に一番やってはいけないことをやってしまったので、思考が停止していました。ただただ申し訳ないという気持ちですね。個人戦だとこんなに考え込むことは無かったと思うんですけど、一緒に戦っている皆の足を引っ張ってしまって“申し訳ない”以上の言葉があるなら教えてほしいくらい、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいでした。
それでも髙梨選手は、涙を拭いて2回目も飛ぶと決意した。
高橋キャスター:
逃げ出したい、もうみんなの前に立ちたくないっていうような思いは、出てこなかったですか?
髙梨選手:
それはすべてが終わってから思いましたね。そこにチャンスがあるんだったら自分が飛ばないという選択肢はないので、すべてをぶつける意識で飛びました。
着地した瞬間、涙が溢れ出た。日本は4位に終わった。
「本気で辞める事を考えていた」
大会後、SNSには黒一色の画像と共にこんな思いが綴られていた。
「今後の私の競技については考える必要があります」
髙梨選手:
終わってからは、もうどこにも行きたくないと思いましたし、続けるのもちょっと考えられなかったくらいではあります。
高橋キャスター:
続けるのも考えられなかったってことは、もう辞めようかなというのも頭をよぎったんですか?
髙梨選手:
それはずっと思っていましたね。北京五輪が終わった後は、本気で辞めることを考えていました。「ちょっと考えさせてください」ということは、周りの、近い人には相談させてもらっていたんですけど「考えさせてください」の奥の「辞めます」という言葉は自分の中で自問自答していました。
数か月に及んだ、自問自答。なぜ、彼女は現役を続けると決めたのか。
髙梨選手:
シーズンが始まってから蔵王のジャンプ台で練習していたんですけど、そこで飛んでいるうちに、やっぱり見てくださる方々が喜んで見てくれている様子を見て、飛んでいて良かったなと感じることが多くて。自分も楽しく飛べて、純粋にスキージャンプっていうことが好きなんだなって思うことができました。
高橋キャスター:
ものすごくたくさんの励ましの言葉が届いたんじゃないですか?
髙梨選手:
なんでこんなに応援してくださるあたたかい人たちがいっぱいいるんだろうって思うくらい本当にたくさんのメッセージをいただいて、お年寄りの方からいただいたメッセージだと、飛ぶ姿をみて毎日生きられてますっていうメッセージをいただいて、それは飛ぶしかないと思いました。
高橋キャスター:
誰かのためになっているということはアスリートにとって自分の力になりますよね。
髙梨選手:
そのおかげでずっと飛び続けられるというのは間違いないですし、これからも見て頂いて元気を与えられるようなジャンプができるなら、そこに向かって頑張っていきたい。
たくさんのエールが取り戻させてくれた、ジャンプが好きだという気持ち。
だからこそ、今の彼女が目指すのは…
髙梨選手:
今までスキージャンプが人生の軸になっていたので、それでしか返せるものがないというか、恩返しがしたいと思います。
高橋キャスター:
2026年には、ミラノ・コルティナでオリンピックがあります。そちらは視野に入れているんですか?
髙梨選手:
そこまで続けたいと思いますし、まずは自分のジャンプができない限りは見ている人にも届かないと思うので、オリンピックで届けられるようにまず自分のジャンプを作っていきたいです。