"もう一人の親父"のような存在 音楽プロデューサー千葉さんとの出会い

<伊藤さんと企画を進めた 千葉秀さん>
「静岡あたりとかは、サッカーチームの皆さんとか寄せ書きしてくれたものとかあります、エスパルスの」

伊藤さんがもう一人の“親父”のような存在と話す音楽プロデューサーの千葉秀さんです。

青い鯉のぼりの企画は伊藤さんが1通のメールを千葉さんに送ったことが始まりでした。

<伊藤さんと企画を進めた 千葉秀さん>
「メール見た時は伊藤さんが前に進む目標が見えなくて。生きるための目標をつけてあげないといけないんじゃないかととっさに思ったし」

“同じ思いをしている被災者を応援したい”。当時高校生だった伊藤さんの原動力でした。

千葉さんの発想で、毎年鯉のぼりの下で行う和太鼓演奏が一つの文化となり、伊藤さんにはたくさんの仲間と地域との深いつながりができました。

この15年間に集まった青い鯉のぼりは5000匹を超えました。

<伊藤さんと企画を進めた 千葉秀さん>
「あの時は『一緒に突っ走ろうか』としか言えなかった。2番目の厳しい“親父”からの一言は、『そろそろ30も超えたんだから自分の好きなことをちゃんとやっていったらどうだ』と」

<伊藤健人さん>
「『僕始まりの物語』ではあるんですけれども、これからは『みんなの青い鯉のぼり』にしていこうと」

現在、伊藤さんは東松島市の職員として教育委員会で働いています。

<伊藤健人さん>
「やっぱり地元で働いて、青い鯉のぼりの活動もそうですけど、いろいろな人たちとそこでつながっていきたいという思いは強かったかなと」

妻・里奈さんと出会い、今は新たな家族として2人の生活が始まっています。

<伊藤健人さん>
「将来自分たちの間に子どもができたら、好きなものは見つけてほしいなとか、そういう未来の想像ができるのかなと。想像してて楽しいなって思うんで、そういう繰り返しの中でこれから生きていきたいかなとは思いますね」