「在任中に決着」下した決断とは

宮城県が一時的に所有する間に、防災対策庁舎をどうするか決めることになり、佐藤さんは2024年、大きな決断を下しました。

佐藤仁 前南三陸町長:
「こういう状況で防災庁舎を残すっていうと結局、復興事業できなくなっちゃうんですよね。いろんな支障をきたすっていうこと。
もうこれは苦渋の決断、解体するしかない。
ところが、その後に宮城県の村井知事から電話をもらって。
被災15市町あるんですよね、宮城県って。それを被災15市町の震災遺構について有識者会議を作って検討すると。
そうなったときに、どうするか判断してね、ということだったんですよ」

(つまりそこでまさに、町にとって、当時の町長にとって、猶予期間、時間があたえられたっていうことですよね。)

佐藤仁 前南三陸町長:
「知事がが県有化っていう連絡をよこしましたので、ボールがこちらに来ましたからどうするって話になって、体育館に人集まってもらって、町民集まってもらって、意見出してもらうかってなったんですが、結局そこで強い意見が650件集まったんですよ。
そのうちの6割がね、県有化賛成『保存』って言うんですよ。
残りの35%が県有化反対『解体』しろと、最後の5%が町長の判断に任せるっていう。
では6割という数字で、これが町民の総意かって言われた時に、私とすれば町民の総意だねって言えるということで、それで県有化ということにしたんです。
ただ、実は20年県有化のままだと私、80過ぎちゃうんですよ。
そこまでやることないじゃないすか。
自分としてもね、絶対あり得ないと思ってましたんで。
だから、自分のね、在任中にこの問題を決着しなきゃいけないと思って。
こういうね、本当重い話をね、次の代に先送りするのは自分の本意でなかった。
自分で決めようということで2年前に知事に行って、町有化させてくれと伝えた。
2年前にね、町のものとして永遠に保存するということに決めさせてもらった」

佐藤さんは2025年11月、5期20年にわたる任期を終え、南三陸町の町長を退任しました。