すぐに準備した“記者会見”

佐藤仁 前南三陸町長:
「その後に、役場職員が1人いましたから呼んで、記者会見を準備した。
なぜ記者会見したかっていうのは理由があって。震災の半年前に、中越地震の被災した市町村を宮城県町村会で呼んで、講演してもらった。
私が被災したときに、その講演で覚えていたことは2つあった。
1つは、職員は市民や町民の前で、ご飯を食べられない、隠れて食べるしかないから、隠れる所を用意しろという話。
これはできないんですよ。
もう町民も職員も食べるものがないですから、全く何もないです」

佐藤仁 前南三陸町長:
「北に気仙沼、南に石巻、西に登米、市に挟まれて、ちっちゃい南三陸町が、これ埋没するっていう危機感がいっぱいあったんですよ。
だから情報発信絶対しなきゃいけないって、情報発信ずっと、毎日記者会見をしていました」

「続けましたよ、ひたすら、情報発信。
(そのとき記者の方たちに最初にお願いしたことがあったそうですね)
まず毎日記者会見私やるんで、最高責任者がやると。
私が言った情報は全てWin-Winの関係でやってくれと、全部出してくれというお願いをして、スタートしたんですよね」