メディア「産業」にも内在する不均衡
このように物語の中に現れる制度的な不均衡は、映像メディアの産業自体にも長らく存在してきたものである。それはたとえば、シスジェンダー(身体的性と性自認が一致している人)の役者がトランスジェンダー女性を演じた『彼らが本気で編むときは、』(2017)に対する批判が示唆するように、キャスティングの過程において根深い問題として残ってきた。
そうしたなかで、国内外の映画祭でも上映されている『片袖の魚』(2021)や『ブルーボーイ事件』(2025)は、一般公募でトランスジェンダー女性当事者のオーディションを実施し、トランスジェンダーの主要登場人物にトランスジェンダー女性当事者を起用している。
このような実践は、そもそもオーディションの機会を得ることさえ難しく、それゆえ撮影現場での演技指導を受ける機会に乏しかったトランスジェンダーの役者が置かれてきた状況を可視化し、制度的な不均衡を是正する方法を提示することに成功した。
主人公の一人をノンバイナリー(性自認が男女という二者択一のどちらにもはっきり当てはまらない、または当てはめたくないあり方)として描いた『くまをまつ』(2025)が示したように、「いろんなひとがふつうにいる」ということを真摯な想像力のもとに描き、その想像力を観客と共有することこそが、映画やテレビドラマが世の中の<ふつう>をズラし、おちょくるためにできる実践の一つだろう。
そのような実践は、『虎に翼』(2024)、『団地のふたり』(2024)、『スロウトレイン』(2025)でも探求されていた。今後もたくさんの想像力が集まることで、異なる属性や背景を持つ性的マイノリティの可視化につながるはずだ。














