「LGBTブーム」「LGBT市場」の出現

「LGBTブーム」のきっかけに関しては複数の捉え方があるが、ここでは2012年を起点とする。その年の7月14日、『週刊東洋経済』と『週刊ダイヤモンド』が特集記事を組んでいる。性的マイノリティへの差別や人権に関して日本が抱える現状を丁寧に伝えつつ、記事の一部では性的マイノリティ向けのサービスや商品を打ち出すことで企業が狙うことのできる数兆円規模の「LGBT市場」の可能性が注目されていた。

こうした「LGBT市場」は、日本の映像メディア産業へどのような影響を与えたのか。『逃げるは恥だが役に立つ』(2016)や『女子的生活』(2018)など、性的マイノリティの登場人物を含む映画やテレビドラマが2010年代に増加したのは事実だが、映像作品の製作には莫大な費用と時間がかかる。

性的マイノリティを描くことで得られる観客動員数や視聴率をまずは試算せねばならず、キャスティングや映像化する作品の選定に関する戦略を練るなど、作品数の急速な増加は2010年代後半まで待つことになる。

その間に、二つの大きな出来事が2015年に起こった。同年6月、アメリカ連邦最高裁判所が同性婚を認めないのは違法であると判断し、全州での同性婚が法整備されていく。これは日本の性的マイノリティの権利運動にも大きな活力を与えた。

また、同年11月、渋谷区と世田谷区で同性パートナーシップ制度が導入され、その他の自治体も同制度やそれに類する制度を提供し始めていく。これらの出来事を受け、マスメディアを通じて一般に広がった「LGBT」という言葉が社会的認知を得たことも、2010年代後半に起きた性的マイノリティ表象の増加に少なからず関係していたと考えられる。

「演じる側」に起きた大きな変化

「LGBTブーム」で起きた大きな変化の一つは、『偽装の夫婦』(2015)、『怒り』(2016)、『きのう何食べた?』(2019)などに見られたように、すでに知名度を確立した役者が性的マイノリティの役へ積極的に起用され始めたことである。

もちろん、1970年代から1980年代の日活ロマンポルノや薔薇族映画に限らず、1990年代の「ゲイ・ブーム」から2000年代にかけて公開・放映された作品にも、そうした例はある。

だがここで重要なのは、この傾向が単発的なものではなく、2025年現在も継続している点である。性的マイノリティの役柄を過去に(何度も)演じたことのある役者が担う場合も少なくはないものの、「LGBTブーム」以前と比べて、(露骨な性描写が絡まない限りにおいて)性的マイノリティの役を演じやすくなっている現状を確認できるだろう。