●沖縄美ら島財団 琉球文化財研究室・幸喜淳さん
「なんとかここまで来られたと。すごく感慨深いものがあります」

●漆芸工房・諸見由則さん
「はっきり言ってホッとしてますよ。これで当時のものに近づけるんだというのがあるから」

「久志間切弁柄」の復元。その起源は、平成の復元にまで遡ります。

1986年、沖縄の本土復帰20周年記念事業としてスタートしたプロジェクト「平成の復元」。

沖縄戦によって、首里城のみならず関連資料も灰燼に帰すという逆境にあって、県外・海外にも足をのばして調査が進められました。

地道な調査によって明らかになったひとつが、首里城に施されたという顔料でした。

首里城の修理を記録した古文書。そこには、顔料の「弁柄」を「久志間切」という地域で調達するよう指示したと記されていました。

しかし平成の復元では久志間切弁柄の特定には至らず、市販の弁柄(顔料)で代用するしかありませんでした。