「今まで生きてきたかいが」結実した願い

潜水調査も6回目となった、2025年8月。キムさんたちが、ピーヤから潜った。坑口から潜ったときほど濁ってはいないものの、暗く狭い坑道内。
ピーヤから250メートルほど進んだとき。
ダイバー
「ここにある!」

ついに見つかった。黒くなっていた足や腕の骨、3本。間違いなく人の骨だった。

井上 共同代表
「潜っては難しいというのを何回も苦労してきて、諦めないで、伊左治ダイバーをはじめ、みなさん頑張っていただいて、やっとご遺骨に巡り会えた。本当にこんなにうれしい日はない」
翌日の調査。キムさんたちが持ち帰った箱の中身に、集まった人たちは衝撃を受けた。頭蓋骨だった。

井上 共同代表
「日本の戦争のために、日本が始めた植民地政策のために、ここで亡くなった皆様方を、まだたくさんいらっしゃるのに、日本政府は放っておくんですか。日本政府は、このご遺骨に応えていただきたい」
この時を待ち望んでいたのは、韓国の遺族だけではない。

日本人犠牲者の遺族 常西勝彦さん(83)
「見られただけでも、今まで生きていたかいが。83年生きていたから見られる」
生まれる4日前に長生炭鉱の事故で父親を亡くした、常西勝彦さん。事故では47人の日本人も犠牲となった。
常西さん
「まずは、誰のだろうかなと思って。今度は後の分をいつ頃収集されるかな、それがすぐ気になった」