韓国の国家戦略と日本への示唆

韓国には大きな野望がある。李在明政権はAIを国家戦略の中心に据え、2030年までに「AI三大強国」入りを目指す。政府と民間を合わせ、総額100兆ウォン(約10兆円)を投じる構想を進めており、その中には生成AIによるコンテンツ制作支援も含まれている。

Kコンテンツの世界的な流行で示したドラマ制作力とAI技術の相乗効果で、次の時代にも業界で幅を利かせるため、韓国らしいスピード感で技術革新に取り組んでいる。

実は今回取材させてもらったMBCのAIチームも政府補助金を受けて発足したもの。今年は70分規模の長編VTRを2本制作する計画を立てているという。

一方で日本はどうか?

テレビ制作の現場では活用に向けた動きはあるものの、韓国でみられるような目立った動きにはつながっておらず、映像制作の分野では遅れをとっているようにも見える。

この背景には、法的・倫理的なリスクを嫌い、新しい技術領域への挑戦をためらう日本特有の組織文化があるのかもしれない。実は私も原稿作成やVTR制作で生成AIを活用したことはなかった。

韓国がリスクよりもチャンスを優先する姿勢を鮮明とする中、日本が来るべきパラダイムシフトへの対応で決定的な遅れをとる危険性があるとも感じた。

韓国では放送業界をめぐる厳しい経営環境が背中を押し、リスクを承知の上でAIの活用を大胆に進めている。その挑戦は日本の放送業界に示唆を与える可能性がある。

今回の取材を通じて、生成AIがテレビ制作の概念そのものを塗り替える力を秘めていることを感じた。韓国の挑戦は「テレビ革命」を起こすのか、それとも「実験」に終わるのか。その動向に注目していきたい。

〈執筆者略歴〉
渡辺 秀雄(わたなべ・ひでお)
2003年TBSテレビ入社。 
経済部記者、報道番組ディレクターを経て経済部デスクや外信部デスクを歴任。
2021年10月からJNNソウル支局長(現職)。

【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。