鳴り響く太鼓は「よっしゃ生きとるぞ」という証
ふるさとへの思いが人一倍強かったのが入所者の川北為俊さんです。夏祭りでは毎年太鼓を叩きました。
(入所者 川北為俊さん/2018年)
「よっしゃ生きとるぞ、ということの証やから。皆さんの前で『おお、川北またやっとるわい』って思ってもらうだけでもいいじゃないですか」
三重県出身の川北さんは戦後間もない1947年、13歳の時に長島愛生園に強制隔離されました。家族もいわれのない差別と偏見にさらされ故郷を追われたといいます。
三重県にある両親の墓参りにRSKが密着したのは2011年です。川北さんは当時、自分はこの墓に入るつもりはないと話していました。家族や親族を気遣い、遠慮していたのです。
(川北為俊さん/2011年)
「わしの骨がよそに行けるかね。納骨堂。うちの納骨堂。(愛生園の?)そうそう。(ここの墓には入れない?)ここの墓に誰が入れてくれるんか」
長島愛生園の納骨堂には、骨になってもふるさとに帰れない、3700人余りが眠っています。2021年3月、86歳で帰らぬ人となった川北さんの遺骨はここに眠っています。
(川北さんの妻/2021年)
「火葬してもらってお骨になりますやろ、あれで初めて、ああ人間はこれで終わるんやなっていう。川北の場合は長男だからそりゃ入りたかっただろうと思いますけど(そのあたりは気遣いをなさったということ?)そりゃ、気を遣っています。ここの人は、みんなそんなんと違いますか。ただお墓参りに行けるだけええんやと思います。1年に1回でも行かせてもらえたらね」














