大きな変化と、小さな積み重ね
体制の大きな変化が求められると同時に、住民一人ひとりにできるのは、そもそもクマを「問題個体」にしないための対策だ。
7月、札幌市中央区の円山西町で開かれた「ヒグマ勉強会」。6月にあったクマの出没について、町内会長が対応を振り返りつつ、市の調査結果を住民に共有した。その内容が驚くべきものだった。
クマが出没した際、札幌市は公式LINEで出没情報を発信し、近隣の学校にも知らせる。この町内会ではさらに、児童会館やまちづくりセンター、「朝練をやるかもしれないから」と少年野球チームに、「早朝に散歩をする人も多いから」とシニアクラブにも情報共有をしたという。
地域に住む人だからこそ細やかなニーズに気づき、事故を防ぐために動いたのだ。町内会独自の「デジタル掲示板」も立ち上げていて、登録している約70名にも速報した。クマ問題をひとごとに思わず、備えていたからこそできた対応だ。
出没後の市の調査結果も冷静に受け止めていた。現場ではクマの毛が1本と、クマが地面を掘った跡が見つかったが、クマを引き寄せるような原因になっているものはなく、繰り返し来ている様子もなかった。
クマは、ときには市町村の垣根も超えて10キロ以上の非常に広い範囲を移動する。地域に出たのが「通り過ぎた」クマなのか、それとも同じ場所に繰り返し来ているのかによって、対策は変わる。
そうしたクマの生態と、今回の調査結果を伝えることで、必要以上に恐怖をあおることなく、冷静に基本の対策を続けていくことを呼びかけていた。
地域でのクマ対策を10年以上続けている地域もある。札幌市南区の石山地区では、2013年にクマが出没して以来、河川敷の草刈りを続けている。クマを研究している学生による勉強会と、最後にビンゴやクイズ大会まであり、地域の楽しい恒例行事になっている。
ことしで12年目。20代の孫と一緒に参加している住民もいた。地域住民と学生、ほかの地域からの参加者も快く受け入れ、約60人が一緒に汗をかいた。
円山西町の町内会長も来ていて、「みんなでやると、こんなに広い範囲の草刈りができるんですね。12年目なんてすごいなあ」と笑顔で話してくれた。石山地区の住民は、「何かあったときだけじゃなくて、何もないときも続けていくことが大事だと思っている」と話していた。
クマ対策に、「これさえやっておけば100%大丈夫」という万能薬はない。しかし草刈り、ごみ拾い、電気柵など、対策の選択肢は多くある。
クマ問題は、一人ひとりのマナー違反で大きなリスクを引き起こす。一方で、地域で話し合いながら求められる対策を選び、地道に続けていくことが、「クマが来づらいまちづくり」につながる。それでもクマが出たときのために、体制づくりからの変化が求められている。
クマとの事故は、防ぐことができる。それなのに痛ましい事故が繰り返されてしまった事実に、私たちは向き合わなくてはいけない。
<執筆者略歴>
幾島 奈央(いくしま・なお)
2018年、HBC入社1年目から、北海道島牧村に連日現れたクマをきっかけに、全道各地のクマにまつわる問題を取材。
ディレクターとしてテレビドキュメンタリー『クマと民主主義』シリーズ4作(2019・20・24・25/放送文化基金賞奨励賞・企画賞)、「核と民主主義~マチを分断させたのは誰か〜」(2021/ギャラクシー賞奨励賞)、ラジオドキュメンタリー「隠された性暴力~28年前の少女からの訴え~」(2021/ギャラクシー賞奨励賞・日本民間放送連盟賞優秀賞)、監督として映画『劇場版 クマと民主主義』(2025)を制作。
現在はWEBマガジン「Sitakke」編集長と、クマと人の“いい距離の保ち方”を考えるサイト「クマここ」運営を担当。「知ることで防げる出没や被害がある」と考え、様々な形で発信を続けている。
【調査情報デジタル】
1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版のWebマガジン(TBSメディア総研発行)。テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。原則、毎週土曜日午前中に2本程度の記事を公開・配信している。














