「クライミングのことだけ何十年も集中できる珍しい人」

山野井の妻・妙子

山野井の妻・妙子も日本を代表するクライマーである。ヒマラヤでは、マカルー(8643m)に一般ルートから登頂後、8千メートル以上で2晩もビバークを強いられ、手足の指18本を凍傷で失ったが、その後も8千メートル峰2座の登頂に成功している。山野井がマカルー西壁に挑戦した後、1996年に入籍し、2人は正式に夫婦となった。

山野井はソロクライマーを中心として活動していたが、すべての山を単独で登っているわけではない。これまで2人で1000回以上も山登りをしているそうだし、海外の登山にも妙子は同行している。

インタビューの途中、山野井が過去の登山を振り返って「本当に満足できた登山は一度もなかった」と言い出した。成功した登山でも、もうちょっと頑張れたのではないかと思ってしまうのだという。それを聞いた妙子は…。

妙子
「でも結局満足したとしても次を探すわけでしょ。ずーっとなんか探してるでしょ。やる気なかったのはギャチュン・カンで入院していた入院中の前半くらいか、そのときは本当に何にもやる気ないんだなと思ったけど、あとは常に何か探していて。大きな目標でなくてもね。今行ってるあそこの洞窟のような規模でもなんか探してそれやってる。みつけて」

山野井は、どんな人だと思うか尋ねると―――。

妙子
「めずらしいかな。そういう人。ずっと山というかクライミングのことだけ何十年も集中できるというのは珍しいのかな。やりたいとか、行きたいとか言ったら、絶対行くだろうし、応援はする。私にできることはするし、よっぽどの事情がない限りいっしょに行く」

マカルー西壁への挑戦は、山野井のその後の人生に影響を与えているだろうか?

山野井
「今思うのは、マカルー西壁から少しは(能力の)レベルは上がった。ギャチュン・カンで落ちて行ってしまった。普通、運動する人たちは、そうだったらやめるとかすると思うだよね。アスリートたちはピークから落ち始めたら耐えられないでしょ。それもなおかつ命がかかっているような行為なら。本当に俺、おかしいくらい山が好きなんだなっていうのだけは、今でも思います。やめられないね」

自分が本当に登りたいのか、自分が登れるのか、自問自答を繰り返して、登りたい目標を見つけ、それに向けてトレーニングを重ね、そして挑む。山野井はいまも目標を探し続けている。