新潟市出身の作家・坂口安吾が学生時代の友人に宛てた手紙が2022年の秋、新たに発見されました。その内容は、あまり知られていない“若かりし頃の安吾”を知ることができる貴重なものでした。
■文豪・坂口安吾の中学時代は…「つまらない月日」?
【記者リポート】
「坂口安吾が生まれ育った新潟市中央区西大畑町です。その手紙を実際に見ることができるということで行ってみましょう」
安吾に関する資料を展示している『安吾 風の館』では、1月4日から安吾の遺愛の品々などを紹介する企画展を開いています。

【岩田多佳子 学芸員】
「こちらが、安吾が使っていた原稿用紙とか万年筆」


その中で初めて公開されたのが、1923年(大正12年)に安吾が新潟中学時代の友人で読書仲間の三堀謙二氏に宛てた手紙です。2022年秋、三堀氏の遺品から発見されました。
「私は落第しそうでヒヤヒヤしている」
『堕落論』や『白痴』など、太宰治や織田作之助と同じ無頼派として知られる文豪・坂口安吾。
その安吾の若かりし頃を記録した資料は貴重だと岩田学芸員は話します。
【岩田多佳子 学芸員】
「若い頃の安吾の資料は本当に少ないんです。ノート1枚くらいの手紙の中に安吾の学校生活がそのまま書かれているという意味では、とても興味深いものだと思います」
新潟中学に入学した安吾は成績優秀。しかし、横暴な上級生や先生に反抗して次第に学校をさぼるように…。
父・仁一郎によって東京の豊山中学校に転校させられてしまいます。
転校後に安吾が送った、今回発見されたものとは別の手紙には…
「私は毎日日々面白くない月日を送っています」
「学校もつまりません」
気心知れた三堀氏には、苦しい胸の内を明かしています。
それから2か月後、安吾の心に大きな変化が現れます。