タイムよりも重要なこととは?

これだけの記録が出ると手放しで喜んでしまいがちだが、山崎コーチはレース後すぐに、次のように話し始めた。「村竹は(ダイヤモンドリーグなど)記録が出にくい条件で13秒0台で走ってきました。それは日本の良い条件なら12秒台に相当するものです。タイムよりも世界との勝負をしっかりする、というコンセプトで、世界の流れの中でやってきました。今回の福井はそういう(記録を出すための条件が良い)大会だったので、当然12秒台も出るんじゃないかと思っていました」

山崎コーチはかねてから、先頭を自分のリズムで気持ち良く走る国内大会と、外国勢と競り合う国際大会では記録に違いが現れる、と強調してきた。山崎コーチは日本陸連の強化委員長も務める。「どうしても記録重視になってしまいがちですが、それを評価にはしたくないのが僕らの考えです。一緒に走って速い人を決めるのが陸上競技です」

スタートで飛び出すタイプが多い日本選手は特に、後半に追い上げられることでプレッシャーを感じて動きが堅くなる。山崎コーチはスタートの飛び出しやトップスピードを上げることに加えて、後半のスピード維持にも重点的に取り組んできた。レース選択においても村竹は、JALに入社した昨年からは国内の走りやすいレースより、海外のダイヤモンドリーグに積極的に出場してきた。

12秒92が世界で通用する記録であるのは間違いないが、まだメダルを手にしたわけではない。記録を喜びすぎてしまったら、世界陸上で戦う準備が甘くなってしまう。それを避けるために、取材対応の場で兜の緒を締めたのだろう。山崎コーチも表情は、感極まっている様子だった。村竹もそこは十分に理解している。

「もちろん12秒台を出したことは大きな自信になりますが、1回で終わらせたら絶対にダメだと思うので、このタイムと同じくらい、それ以上を狙ってダイヤモンドリーグ・ファイナル、そして世界陸上としっかり走って行きたいと思います」

まずはダイヤモンドリーグ・ファイナル(8月28日、スイス・チューリッヒ)である。今季のここまでのダイヤモンドリーグで、累計得点の上位選手が揃う。世界陸上決勝と同様のメンバーになる中で、12秒台を出した村竹がどんなレースをするか。前哨戦に注目したい。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)