終戦の2日前、47人が犠牲になったとされる「長野空襲」。80年が経った今も、その真実に迫り後世に伝えていこうという取り組みが続いています。

小野塚健夫さん:「バリバリバリと機関銃掃射がきました。壕の中にいてもその響きはよくわかりました」
長野市で13日に開かれた「長野空襲を語る集い」。80年目の夏、多くの人が耳を傾けました。

教育関係者など有志の手で「語る集い」が初めて開かれたのは40年前の1985年でした。

(第3回の語る会の証言より)
「このグラマンの音というのは強くて、機銃掃射の音は瓦屋根でしたのでカラカラカラというような」
有志による「長野空襲を語り継ぐ会」は住民などの証言をまとめた本も製作。47人という犠牲者の数など被害の詳細が明らかになったのも継続した活動の成果でした。