「生まれ故郷で被爆体験を伝えたい」

飯田さんは転勤をきっかけに1993年、富山に移住。

原爆を体験した最後の世代という責任感から原爆の恐ろしさをさまざまな場所で伝え続けてきました。

2016年からはふるさとに戻り脳や甲状腺の腫瘍といった病気と闘いながらも原爆の悲惨さを伝えたい一心で活動しています。

原爆投下から80年を迎えた6日も――

飯田國彦さん
「核兵器は絶対に使ってはならない。核と人類は未来共に共存できない。広島原爆の実相を世界中へ伝える」

加賀谷キャスター「Q今後はどのように活動していきますか?」
飯田國彦さん「またきょうの連続ですよ。継続。継続。継続」

あの日から80年。飯田さんは核なき世界を祈り続けます。

被爆者の平均年齢はことし86歳を超えました。飯田さんは最も若い証言者ですが、それでもことしで83歳。被爆体験の継承が課題となっています。

世界では紛争が続き、核共有の議論にも注目が集まる中、飯田さんは、自身の被爆体験や生い立ちよりも、より客観的な「原爆の実相」を自分が語ることで原爆そのものの恐ろしさを知ってもらいたいと、話していました。

私たちはこうした声に耳を傾け、世代を超えて、その記憶や思いを繋いでいく必要があると感じました。

(チューリップテレビ フィールドキャスター 加賀谷悠羽)