以前の恩師の教えを今季の走りに生かす

ここまで寺田は家族、指導者、陸上関係者、陸上競技以外のスポーツ関係者、ビジネス上のつながりのある人たちと、実に多くの人間と関わりを持ち、色々な側面から自身を見つめて強くなってきた。

19年以降は高野コーチの指導で復帰へのプロセスを歩み、日本記録を何度も更新した。しかし今シーズン、ハードル間の走りを見直す必要を感じたとき、中村氏の教えがヒントになると思い浮かんだ。「この冬にひたすら考えました。私はピッチ型ではなくストライド型で、中村先生はその特徴を生かした練習方法を考えてくれました。実際にハードル間を走るときにストライドを長くしたら踏み切りがハードルに近くなりすぎてしまうのですが、ストライドを生かすことでゆったりだけど速い走り方ができると思いました。ハードル間を刻むときに、休んでいるけど速くなる感覚です」

寺田は中村氏の見舞いに2度行っている。会話はできなかったが中村氏の顔を見ながら、高校と北海道ハイテクACでやっていた練習を思い出し、中村氏が寺田のために組んだ練習方法の意味を今の課題に当てはめて考えてみた。「高野さんの練習も重要視していますが、中村先生が私にやらせたかった走り、考えていた寺田明日香像を考えてみて、今の練習に取り入れました」

細かい説明は省くが、寺田はハードル間を楽に走ることで、ハードリングタイムの短縮につなげようとしている。ハードリングタイムとは踏み切って、ハードルを越えて接地するまでの所要時間である。代表を目指す最後のシーズンに、一度は袂を分かった恩師の教えを取り入れる。世界を狙う最後のシーズンはまさに、多くの人と関わってきた寺田の集大成にふさわしいシーズンになる。

関わった人がエネルギーとなるということでは、愛娘の果緒ちゃんの存在は欠かせない。陸上競技に復帰してオリンピックに出場する夢は、21年の東京五輪出場で実現させた。だがコロナ禍で無観客での開催になり、果緒ちゃんに自身がオリンピックを走る姿を見せられなかった。「東京世界陸上に出て、国立競技場を走っている姿を果緒に見せる」

母として、アスリートとしての思いが、世界陸上代表を狙う寺田を突き動かす。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)

*写真は左から福部真子選手、寺田明日香選手、田中佑美選手