■収容はされないが働くことは禁止 母国に帰れない理由も…
だがそれは、新たな苦悩の始まりでもあった。モハンメドさん一家は、収容を一時的に免除される「仮放免」という立場になった。自宅で暮らせるが、働くことは禁止される。社会保障も受けられない。一家は、寄付などに頼り、最低限の生活を送っている。

アリフ君の母
「子どもは本が大好きなので、いつも買ってほしいと言われます。できないときはイヤだとか全然言わない、『大丈夫だよ』って。『できるときに買って』って、本当に優しい子どもたち」
高校からは授業料も必要になる。さらに、在留資格がないと入学を認めない大学なども多い。子どもたちには、何の罪もない。だが、成長するにつれ、自分の前には大きな壁があることを知る。
アリフ君の母
「私、本当に時々泣いちゃう。どうしたらいいか分からない。子どもは勉強すごく頑張ってるから。そろそろ高校のため、準備しないといけないから…」

それでも、モハンメドさんには、母国に帰れない理由がある。潰瘍性大腸炎という病気を患っているのだ。腸に穴が空くこともある難病で、モハンメドさんの母国では処方が困難な薬で治療を行っている。
TMGあさか医療センター 可児和仁医師
「炎症がひどくおきると入院したり、日常生活に困るような非常にひどい症状が出てしまう。病気のことを考えると、日本での治療が望ましいのが現状」

母国には帰れず、かといって、日本に留まる許可も得られない。そんな不安定な状態での暮らしだが、アリフ君の幼馴染の母、小澤さんは…
幼なじみの母 小澤緩奈さん
「ちっちゃい頃は、『おーい!』って感じだったけど、大人になったのか、敬語が入っちゃって。ママとパパも本当に優しいです。誰にでも平等だし。ママもいつも食事誘ってくれるんで」
ーーもし帰ることになったら?
幼なじみの母 小澤緩奈さん
「考えたくもないですけどね…」

地元の幼稚園に通い、小学校では友達と空手に打ち込み、中学校では卓球部にも入った。アリフ君と一家は、もう13年間もこの地域に根を張り、暮らしてきたのだ。
法務省のガイドラインには、日本の小・中学校に通学している子どもと10年以上暮らしていれば、特別にその親にも在留許可を与えるよう考慮すべきだと書かれている。

だが関係者への取材で、10年ほど前から突然、家族全員に在留許可が出ることはほぼなくなり、親が帰国することと引き換えに、子どもだけに許可が出るようになっていることが分かった。
これでは、家族が離れ離れになってしまう。
■「僕みたいな思いするのは僕が最後でいい」かつて在留資格なかった男性の思い
日本で生まれ育ったサマウパンさん(23)もかつて「在留資格のない子ども」だったが、今は定住者ビザを得てサッカーコーチなどの仕事をしている。フィリピン人の母親は、サマウパンさんがまだ幼い頃姿を消した。母の知人に引き取られたが、育ての親となるそのフィリピン人女性も在留資格がなかった。サマウパンさん
「中学校1年の秋頃、僕も入国管理局の方に行きまして。入管は帰れと言うしかないので。僕の学校生活とかを聞いてきて、『そうなんだ、そういうことをしていても結局(将来は)仕事ができないよね。じゃあどうすればいい ?』みたいな。本当に自分はどうなってしまうんだろうっていう感情をずっと毎日のように繰り返していました」

サッカーの専門学校を卒業した直後、育ての親が不法滞在で収容され強制送還。引き換えに、サマウパンさんには在留資格が与えられた。
サマウパンさん
「僕みたいな思いを他の子たちにしてほしくないし、こういう思いをするのはもう僕で最後でいいと思う」
日本に住む外国人の支援を続ける吉田真由美さん。事務所の壁には在留資格のない子どもたちの不安な思いが綴られている。
NPO法人「APFS」 吉田真由美代表
「子どもがすごく葛藤するんですよね。親が今帰ったら多分向こうで生活するの大変なんじゃないかって、それは分かっているけど、親が帰らなかったら自分に在留特別許可が出ない、つまり自分の夢とか将来、人生これからどうなるか分からなくなってしまう。そういう思いを抱えさせるのはすごく残酷」

この日、都内で開かれた展示会。在留資格のない子どもたちが描いた絵と作文が飾られていた。こうした子どもたちは、全国で300人にのぼると言われている。
「両親は入管に収容され、生まれたばっかりの僕は、乳児院に預けられました。母は、僕に会いたくて、会いたくて気が狂いそうでよく泣いていたと聞きました」
「父親が仕事をクビにされ、私たちのビザは止められました。生活がどうなるか 分かりません」


アリフ君
「僕は、家族と一緒に日本にいたいです。絶対、家族と一緒に日本にいたいです」
■不法滞在者を“見てみぬふりして”使ってきた過去 制度の運用見直しは
取材した城島未来記者:実際何度も会って家族の生活を見てみると、アリフくんは日本語しか話せませんし、友達は全員日本にいて、彼にとって「帰る国」というのは日本しかないんです。お父さんについても「ビザさえ下りれば雇いたい」と言っている会社もあります。一家はすっかり、日本社会に根付いている、と言えると思います。
アリフくんのお父さんのような外国からの方々は、バブル期以降、働き手が不足していた「3K」と呼ばれる厳しい現場で働いてきました。当時は「労働力が足りないから」と、なかば見て見ぬふりをして、彼らを使ってきたという側面があります。
それが、家族ができた今になって「日本から出ていけ」というのは、冷たい対応だと感じますし、「親が出ていく代わりに子どもだけには在留許可を出す」というのは、余りにも残酷だと思います。
村瀬健介キャスター:
国連の「子どもの権利条約」は「どのような状況下であっても、『親と一緒に暮らす権利』がある」と規定しています。この条約は日本も批准しているんです。子どもたちが尊厳と、将来への希望を持って暮らしていけるように国には是非、制度の運用の見直しを考えてほしいと思います。