「先人たちがつくってくれた知恵を学んで、踏襲したい」——滝のように情報が流れ、SNSなどの影響もあり映像にも分かりやすい刺激が求められる現代。熊坂出さんは、独ダグラス・サークや小津安二郎など、かつての巨匠たちが生み出してきた映像表現にまつわる「言語」を、今の時代にこそ取り込んでいくことで、テレビドラマの未来を見据える。
映画監督で脚本家。自主制作映画『珈琲とミルク』(2004年)で注目を集め、長編初監督作品『パーク アンド ラブホテル』(2007年)はベルリン国際映画祭で日本人初の最優秀新人作品賞を受賞。その後も多彩な作品を手がけ、近年ではSNSや現代社会の問題を取り上げ若者たちの葛藤や成長を描いた『プリテンダーズ』(2021年)や、男性の性被害というテーマに挑戦した『恋い焦れ歌え』(2022年)などの作品を発表。数々のテレビドラマも手がけ、最新作となるドラマ『三人夫婦』では演出を務める。
主人公の三津田拓三(演・浅香航大)が、元カノ・矢野口美愛(演・朝倉あき)とその彼氏、里村新平(演・鈴木大河/IMP.)から〈三人夫婦〉を提案され、自分たちらしい幸せを模索していく様子を描く。本作では、どのように役者と関わり、何を表現するのか、熊坂さんの「演出論」を聞いた。
脚本は義務でなくきっかけ 可能性広げるリハーサル
過去の作品でも撮影に入る際には、役者たちと台本に対する向き合い方などを共有するリハーサルをしてきたという熊坂さん。「僕独自の特別なやり方ではなく、アメリカやヨーロッパの映画界で行われていることを踏襲しているだけなんです。脚本は〈義務〉ではなくリハーサルは脚本の可能性を広げる場だというのが、ベーシックな考え方としてあります」と話す。
「小津監督の脚本を読んでも、出来上がった映像は少なからず、変わっている。それは現場で変わっていったんだと思うんです。脚本に一字一句従ったり、建前上の儀式のように、プロデューサーや監督の前で、セリフを“上手く”読唱するようなリハーサルはしません。脚本はあくまでも役を生きる上でのきっかけに過ぎず、自分の五感や頭脳、人生経験を存分に生かして、相手と向き合ってセリフを話していい、相手に影響されていい、ということを、まずは伝えています」と、その真意を明かす。
『三人夫婦』という、特殊なテーマを扱う今回も、熊坂さんにとっての演出は変わらない。「〈三人夫婦〉と言っても、複数婚や複数愛に関して深掘りしていく話ではなく、〈子どもが自立していく話〉だと僕は捉えています。自分の内側に閉じてしまっている3人がいて、その3人が、他者を獲得して、自立していく話だなと思っています」と、〈特殊〉さとは別の視点で作品を捉える。
「三人婚という特殊さが、登場人物たちに本当の意味で試練を与えるのは、3人が公正証書を出して、社会制度の中に入っていった後から。大きな問題が起こってくるのは、おそらくそこからです。この物語はそこに至るまでの話であって、3人が他者を理解して、自立していく過程を描く本作は、なんら特殊なことは描いていないと思います」と付け加える。