クライミングと教師の二刀流
髙野が努力を続ける理由は、もう一つの顔にある。埼玉県内の小学校に教師として勤め、現在は4年生の担任をしている。
大学4年の時にフィリピンでスラム街の子どもたちと触れ合い芽生えた教師という職業への夢を叶えるべく、民間企業で働きながら通信教育で勉強し、28歳で小学校の先生になった。
教え子たちに“髙野先生”の印象を聞いてみると・・・。
男子:好きな所は、筋肉モリモリの所。
男子:めっちゃ優しいよ!
男子:先生やってるのにも関わらず、スポーツ選手なのはすごい!
髙野がパラクライミングを始めたのも、子どもたちの存在があったからだという。
髙野:子どもたちには『頑張れ』とか『努力しろ』って言ってる割には、自分は何もしてないな、『このままじゃいけないな』と思って、子どもたちに『先生も頑張れる何かを見つけるよ』って調べたら、近くにクライミングジムがあることを知って、そこから始めたのがきっかけですかね。
髙野は33歳でクライミングを始めると、その魅力にとりつかれ、のめり込んだ。ほぼ毎日ジムに通い、2、3時間は練習していたという。そんなたゆまぬ努力が実を結び、競技歴わずか6年で世界王者にまで上り詰めた。
髙野:前向きに生きることの素晴らしさだとか、努力することの大切さだとかっていう、伝えたい対象(子どもたち)が目の前にいるっていうのは、かなり大きな強みだなっていうふうには感じていて。














