疑惑が深まる東京五輪・パラリンピックをめぐる汚職事件。中心にいるのが、大会組織委員会の高橋治之元理事(78)だ。東京地検特捜部は大会スポンサーだった紳士服大手「AOKI」、出版大手「KADOKAWA」、そして広告会社「大広」の3つのルートで捜査を進め、3回にわたり高橋元理事を逮捕した。いずれも五輪のスポンサー契約などで便宜を図る見返りに賄賂を受け取ったとされる。五輪という世界的なイベントで、高橋元理事はどのような役割を果たしたのか。逮捕前、高橋元理事はJNNの記者の面会に応じていた。その言葉を改めて振り返ると、五輪スポンサー選定の構造的な問題が見えてきた。


■ロス五輪の面影残るステーキ店で記者は高橋元理事に面会した

2022年7月。休日で人影もまばらな東京・六本木の超高層ビルの1階に、その店はあった。「ステーキそらしお」(現在は閉店)。高橋治之元理事は、白いポロシャツ姿で記者を待ち構えていた。

この店は、広告最大手「電通」の元専務で、“スポーツビジネスのドン”とも呼ばれた高橋元理事がオーナーをつとめ、世界中のVIPの接待などでも使われていたという。店の奥には、わずか4席のゆったりとした個室。壁にはサッカーやラグビーのユニフォームがずらりと並ぶ。最も目立つ位置に飾られていたのは、五輪の聖火ランナーが手に持つ銅色のトーチだった。説明書きには「1984 ロサンゼルスオリンピック」とある。五輪が“商業化”したとされる大会、「電通」が五輪ビジネスに本格的に関わるようになった大会でもある。

私たちは高橋元理事に、東京五輪でのスポンサー契約の実態や、自身が果たした役割について、およそ3時間にわたり話を聞いた。

■「ロンドン五輪を上回る目標」電通に専任されたスポンサー集め

高橋治之 元理事
「東京五輪は史上最もスポンサー収入が多い大会だった」

東京五輪では当初、およそ11億ドルとされた「ロンドン五輪のスポンサー収入を上回る」という目標が立てられた。民間からの収入が増えれば、国や都が負担する公金の支出が減る。スポンサーをいかに多く集めるかは、大会の開催決定直後からの大きな課題だったという。

高橋治之 元理事
「史上最高額のスポンサー料を集めようとしていたんだから、とにかくたくさんの企業を集めないといけなかった。そうしないと、国とか都がカネ払うことになるからね。それができるのが電通だということで、スポンサー集めは電通に一任された」

頼りにされたのは、五輪に関する経験とノウハウを持つ、高橋元理事の古巣「電通」。電通はスポンサー収入のミニマム・ギャランティー(最低補償額)を設定。補償額に届かなければ、差額を補填する仕組みをとった。高橋元理事は、「広告最大手の電通がスポンサー集めを主導したからこそ、過去最高のスポンサー収入が得られ、大会も成功した」と繰り返した。

しかし、ある検察官は「電通を中心としたスポンサー選定こそが不正の温床になった」と指摘する。

国家的なイベントにもかかわらず、五輪のスポンサー契約の内容は、公にする義務は無い。またスポンサーには「ゴールドパートナー」「オフィシャルサポーター」といった複数のカテゴリーがあり、五輪マークや大会名を商品に利用できるかなど差があったが、スポンサー料(協賛金)は一定の基準額はあるものの「決められた金額はなかった」(電通関係者)。実際、一部のスポンサーは、大会に自社のサービスを無償提供することで、基準額より相当安い料金で契約していたという。

前述の検察官は「スポンサー契約の金額も決まっていないなど、五輪に使われるカネはあまりに不透明だった」と話す。

さらに、スポンサー契約においては、これまでの五輪と大きく異なる取り組みがあった。「1業種1社」というスポンサー制度の撤廃だ。

東京大会では「銀行」や「新聞」「旅行」「航空」など複数の業種で「1業種2社以上」のスポンサーが生まれた。実は、この「1業種1社」の撤廃を強く主張し、実現にこぎ着けたのが、他ならぬ高橋元理事だった。

高橋治之元理事
「アメリカでは1業種1社が当たり前で、ペプシとコカコーラは絶対同じ場所に出てこない。でも、スポンサーの数は多い方が良い。それで、日本でスポンサーになる可能性のある企業を探すときに、1業種2社でも3社でも良いということになれば、その方が集めやすいだろうと」

結果的に東京五輪のスポンサー収入は、ロンドン大会の実に3倍以上、過去最多の3500億円超に達したという。この空前のスポンサー収入の裏で「汚職」が広がっていたことになる。