「死んだ夫に顔向けできない」 国際社会が反故にした“約束”

しかし、オクサナさんは現時点での「停戦」は望まないという。

「私はロシアが本当に停戦するとは思えない。戦争は、2014年ロシアが一方的にクリミア半島を併合してから10 年間も続いているんです。停戦の合意がいくつあっても、ロシアはウクライナに向けて発砲し続けるでしょう」

オクサナさんを含め、多くのウクライナ国民の頭の中には、1994年に交わされた「ある約束」がある。

1991年のソ連崩壊後、ウクライナはアメリカとロシアに次ぐ世界3位の核大国だった。

その核を放棄させる代わりに、アメリカ・イギリス・ロシアの3か国はウクライナの「安全を保障する」と約束したのだ。「ブダペスト覚書」である。

「領土をすべて取り戻すまで、国際社会はウクライナを支援すべきです。それが公平じゃないですか?それが、私たちが核兵器を放棄したときに、国際社会が引き受けた約束です」

クリミア併合でロシアが覚書を一方的に破棄したにもかかわらず、国際社会はプーチン大統領を止めることができなかった。ウクライナを守ることができなかった。

そして2022年2月24日、ロシアによる全面侵攻が始まった。

実際、ウクライナ市民からは「ロシアとの約束を信じてはならない」という声がよく聞かれる。あの時の過ちを二度と繰り返してはならないと、今進められている停戦交渉にも懐疑的な人が少なくない。

支援団体のメンバーであり、2年半前に同じく夫を亡くしたユリア・セルチナさん(41)さんも、複雑な思いを打ち明ける。

「停戦するのであれば、2022年の侵攻直後に行われた停戦交渉で合意すべきだったのではないですか?今ここで諦めてしまったら、領土を取り返すために死んでいった夫や兵士たちに、顔向けができない」

長引く戦争によって、ウクライナの人々が失ったものの大きさは計り知れない。

4万6000という数字の裏には、一人ひとり生身の人間がいて、それぞれに愛する家族がいた。

遺された人々は、その思いに、どう向き合えばいいのか。

夫を殺した戦争に、どう抗えばいいのか。

外交の舞台で進められる「停戦交渉」に、国民の心は揺れている。