「判決を聞いた瞬間、背筋が寒くなる思いでした。
もし現役の検察庁に在職中だったら、これは辞職を覚悟しないといけない内容ですが、判決はあまりに突っ込みが甘く、驚きでした。

これ(嘱託尋問証書)が証拠として認められないなら、『外国企業が日本の政治家に賄賂を渡しても大丈夫』と、世界中に伝わったも同然です。この種の国際犯罪が摘発困難になり、はびこるでしょう。

“嘱託尋問”は、ロッキード側から証拠を収集する唯一の手段だったことは明らかです。これはおかしい。最高裁が完全に誤った判決を下したうちのひとつになるでしょう」

もっとも、最高裁の判決は、「嘱託尋問調書」に頼ることなく、それ以外の証拠によって「丸紅ルート」に対する「有罪判決」は揺るがなかった。
ロッキード社から丸紅を通じた田中元総理への「5億円」のワイロの授受は最高裁によって明確に認定されたのである。

とくに決め手となったのは、一審で検察側の証人として出廷した榎本秘書の元妻の供述だった。 
「夫が5億円を受け取ったこと」や「日程表や書類などの証拠を焼いた」ことを証言したのである。
車中での夫婦の会話などを語ったこの証言は、ロッキード裁判の趨勢を決定づける「検察側の隠し玉」となった。

そして元妻は証言後の記者会見でこう述べた。

「ハチは一度刺したら死ぬと言われています。いまの私はハチと同じ心境です」

この発言はのちに「ハチの一刺し」として流行語にもなった。

ロッキード事件では田中派の橋本登美三郎、中曽根派の実力者・佐藤孝行も有罪判決を受けた。被告となったのは児玉や小佐野、全日空や丸紅の役員ら16人にのぼった。

だが、「巨悪」はまだ深い闇の中にあった。

「P3C」軍用機の1兆円規模の利権構造ーーアメリカ航空業界では、各国の秘密代理人を通じた権力者へのワイロが常態化していたという。
「いかに性能が優れていようと、ワイロなしに軍用機は売れない」ーーそれが現実だった。
「日米安保関係強化」の陰でうごめいた「軍用機利権」の不正疑惑は、闇に葬られた。

「総理大臣の犯罪」にまで到達したロッキード事件。
しかし、それは「日米安保」と「利権構造」をめぐる巨大な氷山の、一角にすぎなかったのか。

昭和の闇は深い眠りについた。
だが、平成を経て、令和となった今も、その真相発掘は続いている。
そして、堀田が亡くなった後も——。

(つづく)

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TBSテレビ情報制作局兼報道局
「THE TIME,」プロデューサー
 岩花 光

◇参考文献
堀田 力 「壁を破って進め 私記ロッキード事件(上下)講談社、1999年
立花 隆 「ロッキード裁判傍聴記」全4巻、朝日新聞社、 1981〜85年
立花 隆 「論駁 ロッキード裁判批判を斬る」全3巻、 朝日新聞社、1985-86年
奥山 俊宏「秘密解除 ロッキード事件」岩波書店、 2016年
真山 仁 「ロッキード」文藝春秋、2021年
春名 幹男「ロッキード疑獄」角川書店、2020年
石井 一 「冤罪 田中角栄とロッキード事件の真相」産経新聞出版、 2016年
宗像紀夫「特捜は『巨悪』を捕らえたか」ワック、 2019年
平野 貞夫「田中角栄を葬ったのは誰だ」K&Kプレス、2016年
NHK 「未解決事件」取材班「消えた21億円を追え」朝日新聞出版、2018年
A.C.コーチャン/村上吉男訳 「ロッキード売り込み作戦」朝日新聞社、1976年