キーホルダーに残された「振り売り」の文化

福谷さんのお店で買ったキーホルダーの真ん中には、天秤棒にカニと魚を入れた、笑顔のキャラクターのイラストが描かれていました。輪島で古くから行われてきた「振り売り」です。

輪島市内には県内最大規模の漁獲量を誇る輪島港があり、鮮魚や加工品を売り歩く「振り売り」と呼ばれる行商が盛んでした。昔ながらの天秤棒はリヤカーや車に代わり、輪島で働く人や買い物に行くことが困難な方にとって、大切な生活の基盤になっています。

しかし、輪島港も地震で海底が隆起したり岸壁が壊れたりするなど甚大な被害を受け、本格的な漁が始まったのは11月になってからでした。

地面の隆起が残る輪島港

市内で寿司店を営む男性は、まだネタが揃えられないため、「毎日金沢から取り寄せている」といい、魚問屋の男性も「魚を卸す先の店も減っている」と話していました。

高齢化などで「振り売り」の担い手も減っており、福谷さんも「振り売りって、久しぶりに聞いた言葉」と話します。「キーホルダーに描かれているほど、輪島の象徴的なものかもしれないね」

「能登は やさしや 土までも」

金沢出身の福谷さんが結婚を機に輪島で暮らすようになったのがおよそ60年前。訪問着で近所に挨拶まわりをした日のことを今でも鮮明に覚えています。

「今だったら車で2時間で来れますけどね、当時は汽車で4時間もかかったんですよ。白い足袋をはいていたらね、白い目で見られてね。文化が違うんだなと思ったんですよ」

最初は慣習の違いに戸惑いながらも、徐々に輪島で暮らす人たちのやさしさや助け合いを実感するようになったといいます。

朝市通りにつながる「いろは橋」はまだ通行できない状態だった

「地震のあとも、お皿1枚でもないものがあればお互いに『これ使って、あれ使って』って助け合ってね。困ったときに力になってくれるんですよ。自分が無理だなと思っても、一緒に頑張ってくれる」

福谷さんのお店で買ったキーホルダーの裏には、能登に古くから伝わる言葉が書かれていました。

「能登は やさしや 土までも」

能登の人たちの心に根付く、あたたかさを表す言葉です。「輪島に来るまで知らなかったけどね、能登の人ならみんな知ってる言葉でね」と福谷さん。自身が被災しながらも互いに助け合う、能登の人たちの心根に触れたように感じました。