そして最愛の娘が亡くなった
実久さんは意識が戻ることはなく、その後亡くなりました。
(秋山裕紀子さん)
「事故後、私は職場に『娘が事故に遭ったので、しばらくお休みさせてください』と連絡しました。それを聞いて、ママ友だったり、職場のスタッフたちが面会に来てくださいました。娘は話せないとはいえ、手を握ってくれたりとか、声をかけてくれたりしてくださって、温かい思い出になりました」
「娘の入院を知った同級生が、その日のうちに折ってくださった千羽鶴です。事故から次の日にこれ持ってきてくれて、本当に嬉しかったです」














