日本を代表する詩人の谷川俊太郎さんが、13日、老衰のため、東京都内の病院で亡くなっていたことがわかりました。92歳でした。福島県内でも多くの学校の校歌を作詞するなど、ゆかりも深い谷川さん。悼む声が広がっています。

谷川俊太郎さん

谷川さんは、1952年に「二十億光年の孤独」でデビュー。「生きる」「朝のリレー」などが国語の教科書に取り上げられ、幅広い年代の人に愛されました。また「スイミー」や「スヌーピー」などの翻訳も手がけました。

福島県大熊町に去年開校した「学び舎(や)ゆめの森」。震災と原発事故の影響で、一時すべての住民が避難していた大熊町に、12年ぶりに再開した学校です。校歌は谷川さんが作詞し、息子で作曲家の賢作さんが曲をつけました。