「ウクライナ侵攻については聞かないでください」中国とロシアの間で揺れるカザフスタンのしたたかさ

ようやく会えた「自由貿易特区」の責任者。しかし、彼の口から飛び出したのは、思いがけない一言だった。

「貿易自由特区」を運営するカザフスタン政府の官営組織、ホルゴス国際国境協力センター

ホルゴス国際国境協力センター・ヤーゼン・サイノビッチ・クルマシェフ社長
「この自由貿易特区はカザフスタンと中国のビジネス関係の始まりです。この特区はまさにその原点なのです。ここを経由して中国とヨーロッパはつながっているのです」
「ただし、中国の『一帯一路』のプロジェクトに直接の関わりはありません」

「一帯一路とは関係ない」。何度違う角度から質問してみても、社長の言い方は変わらなかった。むしろ「中国だけでなくウズベキスタンやキルギスからのビジネスマンも来ますよ」「この道路はロシアと中国の合意によって作られたものです」など、中国「色」を薄めようとする発言ばかりが繰り返されるインタビューとなった。

さらに、興味深いことがあった。インタビュー直前、カザフスタン人スタッフが「『ロシアのウクライナ侵攻の影響』については質問しないでください」と私に念を押したのだ。

結果、中国にもロシアにもくみしない、慎重な物言いが目立つ、奥歯にものが挟まったようなインタビューとなったが、その姿勢こそが今のカザフスタンの置かれた立場を象徴しているように見えて、私には逆にとても印象深い取材となった。

ロシアによるウクライナ侵攻以降、中央アジア地域にはある種の「経済的な空白地帯」が生まれ、そこに中国が入り込んでいく。「ロシアの裏庭」の国々は今、「ロシア離れ」を起こしているのではないか。そんな見方も広がっているが、専門家はその見方を否定する。

法政大学 熊倉潤 教授  
「ソ連崩壊以降、中央アジアの国々はロシア由来のキリル文字からアルファベットにかえるなど、独立国家としてのアイデンティティーを求めている一面はあります。しかし、ロシアから離れたいというわけではなく、ロシアの安全保障・経済面における磁力は未だに健在です。一方で、中国と経済関係を強化しつつも中国の『経済的植民地』にはなりたくない、という警戒感もあります。カザフスタンなどの中央アジア国家は中国と向き合うときはロシアを後ろ盾にし、ロシアに向き合うときは逆に中国を後ろ盾にするなど、バランス外交をしています」

取材後記

中国・カザフスタン両方の国境の街を歩いて感じたこと。それは「中欧班列」の要衝であるこの地域にかける中国の本気度、そしてその中国とつかず離れず付き合う、カザフスタンのしたたかさだった

習近平国家主席は「ホルゴスを深圳にする」と意気込んだというが、中国の西の端の田舎町がたった10年で高層ビルが立ち並ぶ「都市」になっていることに驚いた。「一帯一路」の核心である「中欧班列」の推進、そして「ウイグル民族対策」。様々な思惑からカザフスタンとの関係を強化していこうとする中国の強い意思を感じた。

一方のカザフスタン側。古びた木造の平屋が立ち並び、舗装されていない道を中古車が土煙をあげながら走っていた。時間までがゆったりと流れているような、どこか懐かしい、過去にタイムスリップしたような感覚に陥る景色に、中国とのあまりの経済格差を実感しないわけにはいかなかった。

カザフスタン側に立ち並ぶ木造平家の民家

カザフスタンのホルゴス国際国境協力センター社長やそのスタッフが、「カザフスタンは中国とさらに経済関係を深化させていきたい」と話す一方、「ウクライナ侵攻の影響に関わらず、ロシアはあくまで重要なパートナーである」と強調した。カザフスタンを挟む2つの大国に対する配慮が常に感じられ、そのバランス感覚が強く印象に残った。

19世紀以来、大国の覇権争いに巻き込まれ続け、「グレートゲーム」の舞台となってきた中央アジア。時は移ろい、今は中国とロシアという新たなプレーヤーによる勢力争いの渦中にある。しかし、そこには歴史的、文化的につながりの深いロシアと関係を維持しつつも中国から経済的利益を引き出そうとするしたたかな姿が浮かび上がってきた。

21世紀の「グレートゲーム」がどのような展開を見せるのか。その動向から目が離せない。

JNN北京支局 室谷陽太