年齢を感じさせない新谷のすごさ

長距離選手のスピードと持久力の強化バランスは、若い時期にスピードを強化し、年齢の進行と共に持久力を強化するパターンが多い。新谷も30歳を過ぎてマラソンに本格的に取り組んだ点では、そのパターンに当てはまる。だが36歳の今もトラック種目のトップレベルを維持しているのは異例と言える。競技を5年間離れていたことが関係している可能性もあるが、驚異的と言っていいだろう。

新谷はどうしてそれができているのか、という問いに横田コーチは「新谷だからです」と即答した。
「人間、衰えはありますが、それを上回る努力を彼女はしています。コンディショニングへの取り組みは年々レベルアップしている。自分にプラスになる行動が感覚的にできる選手なんだと思います。補食の摂り方や睡眠のとり方など以前は、意識してというか、無理矢理やっていましたが今は、自然にできるようになっていますね。息抜きもしますが買い物や美容院くらいで、深酒は絶対にしません。お酒の席を断ることも多いです」

ベテラン選手の練習でよくあるパターンは、年齢と共に負荷の大きいポイント練習を行う間隔を大きくすることだ。年齢と共に疲れの回復が遅くなることへ対応する方法として一般的になっている。

しかし新谷は違う。

「練習も今が一番積めています。ポイント練習を月曜、水曜、金曜、土曜とやっても外すことはありません。トレーニングと睡眠などの休養、食事やセルフケアなどのリカバリー、全てが自然に回せるようになっています」

新谷のストイックな競技姿勢は、結果を出すためには何が必要かを突きつめて考えたことの現れである。

その新谷でさえ、マラソンで結果が出なかったときは、準備段階でケガなどをしている。今年の東京マラソン前には足首に痛みが出て、1月末の大阪国際女子マラソンのペースメーカーを走るまでは、出場を迷っていた状態だった。

それが東京マラソン後は、長期間走れないような痛みが出ていないという。「フィジカルトレーニングを変えました」と横田コーチ。
「ここ数年間は、一般的に行われているウエイトトレーニングや(重量のある)メディシンボール投げなど、瞬発系や最大筋力を鍛えるメニューを週に3回行っていました。4月からはその頻度を週1回とかに減らして、その代わりにバランス系の機能改善トレーニングを重点的に行うようにしました。走りの中でこういう動きをしたい、という部分につながるトレーニングを、僕がイメージして提案しています」

進化するための方法は選手自身の状態や置かれた状況が変化すれば、その都度新たに生じる。新谷が全盛時と同じペースでトラックを走ったとき、「いつもの新谷だ」と感じる人が多いかもしれない。
だが以前と同じペースで走ることの裏側で、新谷は驚くべき努力をしている。見る側はそこにも思いを馳せて新谷の12周半を見守りたい。

(TEXT by 寺田辰朗 /フリーライター)