円安が再び加速しています。9月1日には、ついに1ドル=140円の大台まで下落、24年ぶりの円安水準となりました。夏の間、円安は一服していましたが、この1か月で10円も進み、スピードが急激です。以前もこのコラムで指摘しましたが、私は今の円安は国民生活への打撃が大きく、経済全体にもマイナス面が大きいと考えていますので、少しでも何か手を打つべきだと思いますが、岸田政権も日銀も行動しないばかりか、全く思考停止状態です。
今回の円安のきっかけになったのは、8月26日のアメリカFRBのパウエル議長の講演でした。「やり遂げるまでやり続ける」とインフレ退治のため金融引き締めを続ける意思を鮮明にし、「来年にも利下げに転換へ」と楽観論に傾いていた金融市場を強くけん制したのです。パウエル発言だけなら、インフレ期待を抑えるための「脅し」と、受け流すこともできたのですが、その後のFRB高官からの発信が、さらに市場を身構えさせました。
これまでハト派の代表だったミネアポリス連銀のカシュカリ総裁は8月29日、「(株価急落という)市場の反応を見て率直にうれしかった」「我々の真剣度が市場に理解された」と異例の「株価下落歓迎発言」を行ったほか、タカ派で知られるクリーブランド連銀のメスター総裁も31日、現在2.25%~2.5%の政策金利を「来年の早い時期に4%よりやや高い水準に引き上げ、それを維持すべき」と踏み込みました。政策金利4%以上は、市場関係者が期待していた「あと1%程度の利上げで終わり」という予想とは大きく乖離しています。アメリカの長期金利が再び急騰したのは当たり前で、再びドル高が加速しているのです。
「今起きていることはドル高であり日本だけの問題ではない」「景気の足取りが重い日本で金融政策を調整するのは間違い」というのが政府・日銀の立場です。だから為替市場介入もしなければ、長期金利を0.25%以下に無理やり抑え込む政策も変えないといいます。私には本末転倒の議論にしか思えません。何のための通貨、金融政策なのでしょうか。
円安は、高騰するエネルギーや穀物の価格をさらに高くして、国富の流出を招くと共に、国内物価をさらに引き上げます。帝国データバンクによれば、9月に入って食品だけでも2400品目余りが値上げされ、その値上げ幅は平均で16%に達している上、さらに10月には6500品目もの値上げが控えています。
日本では消費者の値上げ抵抗感が強いことから、もともとコスト上昇分を価格に転嫁する動きが鈍く、値上げが遅れて始まっている上、円安が実際に効いてくるのはこれからなので、今後も物価上昇の流れはそう簡単に止まらないのではないかと思います。
岸田政権も物価高には神経をとがらせていて、ガソリンなどへの補助金を10月以降も継続するほか、20%程度の値上げが見込まれていた輸入小麦の売り渡し価格を据え置くなどの対策をとる方針です。こうした対策に何千億円も使いながら、円安を止めるための努力を何もしないのは、整合的ではありません。
その一方で、法人企業統計によれば、昨年度の企業の内部留保は516兆4750億円と初めて500兆円を突破し、この10年間で8割も増加しました。アベノミクスによる円安政策で大手輸出企業を中心に利益が底上げされたものの、それが賃上げや国内設備投資に振り向けられなかった事実が、ここにはっきりと表れています。
世界経済の環境が、デフレあるいはディスインフレの時代から、インフレの時代に大きくレジームチェンジした中で、黄金の3年間を手にした岸田政権は、財政金融政策の大きな枠組みを改めて設計すべき時に来ています。「黒田総裁の任期切れ」まで「何もしない」状態が続けば、消費も景気も失速しかねません。
播摩 卓士(BS-TBS「Bizスクエア」メインキャスター)
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