放送法4条に委縮せず、政党軸ではない自由な選挙報道を
なぜテレビは選挙報道をしなくなったのか。ここ数年の変化だ。理由ははっきりしている。各政党が放送法4条を盾に「政治的公平」を厳密に求めてくるようになったからだ。
各政党は選挙報道の中で自党の候補者だけでなく他の候補者も何分何秒放送したかを調べ、自党の候補者の時間が短かったらクレームをつけてくるのだ。クレームを避けようとテレビ局の方でも自ら時間を計測し、等分になるようにしていった。NHKに至ってはフレーム単位で揃えると聞く。
やがて、そもそも選挙報道を制限することになった。今回、主要候補者を4人に絞ったのも、あらかじめそう基準を決めたからだ。安野貴博氏のユニークさに途中で気づいてとりあげようにも、最初に決めたルールに反することはできなかったのではないか。
さて、こんなくだらない制約を守る時は終わった。だいたい、報道機関が「基準」を決めるなんて、報道の自由を自ら放棄するようなものだ。報道の自由とは国民の知る権利に応えるためにあるはずだ。しょうもない制約は、国民との信義に反する。もうやめるべきだ。政党の側も、クレームをつけた結果、選挙報道がなくなるなら損するだけだ。誰も得しないことにみんな気づこう。
そもそも、放送法4条は規則ではなく倫理規定だ。放送を縛るルールではないはず。そして「政治的公平」とは政党のためにあるのではなく国民のためだ。政治家の出演時間を同じに揃える必要など一切ない。そんなこと、テレビ局の皆さんだってわかっていただろう。
だったらクレームなんか跳ね除ければいい。胸を張って、我々は候補者を報道する時間を自ら判断します、編集権を侵害しないでください、と言えばいい。今こそ、そう言おう!そうしないと、YouTubeが選挙報道の場になってしまう。国民は選挙報道を求めているのに、応えないなんてどうかしてる。
一方で、候補者を絞り込むのは驕りだと自覚してほしい。自民党の支援があるから、野党が推薦しているから有力だ。そこがもうおかしい。有力な議員を追うのが選挙報道ではない。
誰がいい政策を掲げているのか、どんなユニークな人物かを教えてほしい。56人が立候補したなら、全員に取材するくらいの姿勢を示してほしい。組織ジャーナリズムの意義はそこにある。
その上で、NHK党の候補者が無意味な活動をし、本当に都知事になる意思がないと判断したら、それを一回きちんと報道してその後は一切取り上げなくていい。その局の判断ならそれでいいのだ。
クレームが嫌なら、ネットをフル活用すればいい。ネットに放送法は関係ない。放送ではないからだ。各局ともすでにYouTubeなどを駆使して、報道にネットを活用している。放送は避けてネットだけでガンガン選挙を報道すればいいのだ。
候補者討論会も、ネットでライブ配信し、TVerで見逃し配信すればいい。今回、若い世代が決して政治に興味がないわけではないとわかった。TVerにおけばドラマ並みに見られる可能性だってある。
テレビ局はこれを機に覚醒してほしい。次の選挙では、テレビ報道のおかげで知らなかった候補者の主張を知った、テレビ報道で情報を得たから投票に行こうと思った、と言われるように選挙を伝えてほしい。YouTubeに選挙まで奪われたら、民主主義のために放送があるのだと言えなくなってしまう。本気で危機感を持ってもらいたいものだ。
〈執筆者略歴〉
境 治(さかい・おさむ) メディアコンサルタント/コピーライター
1962年 福岡市生まれ
1987年 東京大学を卒業、広告会社I&Sに入社しコピーライターに
1993年 フリーランスとして活動
その後、映像制作会社などに勤務したのち2013年から再びフリーランス
現在は、テレビとネットの横断業界誌MediaBorder2.0をnoteで運営
また、勉強会「ミライテレビ推進会議」を主催
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1958年創刊のTBSの情報誌「調査情報」を引き継いだデジタル版(TBSメディア総研が発行)で、テレビ、メディア等に関する多彩な論考と情報を掲載。2024年6月、原則土曜日公開・配信のウィークリーマガジンにリニューアル。