「日常会話で使ったことは?」
そして、線状降水帯の語句が使われないこと以上に、「顕著な…」という情報名が気になった。
少々話がそれるが、当時のエピソードを紹介したい。
「顕著な大雨」「ケンチョナオオアメ」という言葉を見聞きして、皆さんの脳裏には具体的にどんな大雨のイメージが浮かぶだろうか。
それは、線状降水帯がもたらす大雨を想起させるだろうか。
「顕著な…」の情報名に対する違和感や疑念を気象庁幹部や大気海洋部の担当者に何度もぶつけたが、「変えるつもりはない」の一点張り。
思わず担当者にこう尋ねたことをよく覚えている。
「『顕著』という言葉を、日常会話で今までに何回使ったことがありますか?奥さんやお子さんを相手に1回でも口にしたことがありますか?」
予想外の質問に面食らったのか、相手は押し黙ってしまった。別に責めようとしたのではない。
普段使わないような言葉を、大勢の人々に伝える必要がある防災情報の名前に、なぜわざわざ用いるのか。
そのセンスがまったく理解できなかった。その考えに今も変わりはない。
TBSは「線状降水帯発生情報」を採用
この新しい情報を放送でどう扱うか、TBSテレビでは報道局の防災担当者を中心に、気象予報士らも交えて議論を重ねた。
その結果、「顕著な大雨に関する気象情報」の名称を放送ではそのまま伝えず、代わりに「線状降水帯発生情報」とすることを決めた。JNN系列局の理解も得た。
「正式名称を尊重したい気持ちはあるが、真意が伝わらない情報名を災害情報に使うべきではない」が我々の下した結論で、気象庁の最高幹部にもその旨を事前に通告した。
かなり覚悟のいる決断だった。
その後、実際にこの情報が発表された際には、正式名称が「顕著な大雨に関する気象情報」であることにもできるだけ触れた上で、
TBS(JNN)では、この情報の意味が明確に伝わるよう、あえて「線状降水帯発生情報」と言い換えてお伝えしています、と説明するようにしている。


民放間に伝播した正式名称回避の動き
「顕著な大雨に関する気象情報」の運用開始当初、正式名称を敢えて使わない判断について、内外から幾つか疑問や批判の声があったし、放送局として敢えて一歩踏み込んだ選択をした以上、他の民放やNHKがどう対応するのかも気にはなった。
予想どおりNHKは現在まで一貫して正式名称を使っている一方、他の民放の多くは時間が経つにつれて「線状降水帯発生情報」「線状降水帯情報」などと言い換えて伝えるようになった。
いま振り返って、この判断はベストとは言えないかもしれないがベターだったのではと自己評価している。
この情報が発表されたときに線状降水帯が実際に発生しているかどうかに拘わらず、少なくとも「相当の大雨が既に降っている」「まだ降り続きそう」というメッセージは、「顕著な…」よりも「線状降水帯発生」の情報名からダイレクトに伝えられたのではないかと感じている。