飛行機VS新幹線 1990年代の熾烈な競争

ちなみに1992年当時の東京方面への「新幹線対飛行機」の利用比率はおよそ「9対1」で、新幹線が優位を保っていました。

ただこの時、「スピードアップ」だけで見ると、飛行機のジェット化に比べ、新幹線は開通当時の「時速210キロ」から「時速230キロ」へと、わずか20キロのアップに留まっていました。

このことに関して、当時のJRの担当者の方は...。

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(JR西日本 当時の岡山支社長)
「この間、一つの大きな事故もなくてですね。1人のお客様に怪我をさせることもなく、無事に目的地にお送りできた、というのが、私どもは一番誇りに思っておる点でございます」

「飛行機は飛行機の利便性がもちろんございますから、私どもはその辺はお客様の選択でございます。私どもも負けないように、いい意味での『サービス競争』をして参りたいと」…

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この後、いよいよ時速270キロ運転「のぞみ」300系投入へ

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この年、開業から20年を迎えた山陽新幹線ですが、一方でこの時のダイヤ改正で、東京ー新大阪間の目玉として登場する新型車両300系「のぞみ号」が登場。山陽新幹線でも、翌年(1993年)から投入されることになりました【画像⑳】。

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時速270キロ時代、そして順調にいけば、さらにその1年後には350キロ運転へと、大動脈としての新たなステップを踏み出すことになります。。。という当時の原稿ですが、結局「300系」の350キロ運転は叶わず、270キロ運転にとどまりました。

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さぁ、次回はその「300系」新幹線が、ついに山陽路にやってきました!時速270キロ時代の幕開けです。【第10回】『覚えてる?1992年「ひかり・こだま時代」に現れた「のぞみ」登場の衝撃を え!何でその名前になった??』に続きます。

【1回目】「君は新幹線「951形」を知っているか?「0系」でも「100系」でもない2両編成の超貴重画像を発掘」
【2回目】「新幹線『0系』ビュッフェにあった『速度計』覚えてる?そして急行電車『153系』など貴重な画像も」
【3回目】「君は『特急はと』を見たことがあるか?新幹線博多開業で姿を消した『ボンネット型485系・はと』最後の雄姿」
【4回目】「新幹線100系『2階建て』『ロングノーズ』衝撃のデビュー『2階建て車両1階 めちゃめちゃ小さな窓』の正体は?」
【5回目】「新幹線100系『最高時速230キロ化』へ走行試験(1988年)キャスターが試乗会で同乗したら『時速231㎞出てた!』」
【6回目】「『青鼻』の0系新幹線が現れた なぜ青い?その正体は...そもそも『新幹線の鼻』の中には何があるの?」
【7回目】「君は新幹線100系『グランドひかり』を覚えているか 2階建て車両が4両に!」
【8回目】「新幹線100系 当時(1990)の国内最速『277km/h』を記録!でも営業運転は実現せず...なぜ?」