ダイレクトアナストモーシスとは

原作にも出てくる手術なのですが、この手術は冠動脈疾患に対するオペとして描かれております。まず冠動脈疾患とは何ぞやと言いますと、皆さん狭心症とか心筋梗塞という病気はなんとなく聞いたことがあると思います。

冠動脈とは心臓の周りにある血管で、心臓の筋肉やその他の組織に血流を供給する管です。心臓から出ている大動脈の根本から生えていて、大動脈の右手前から出ているのが右冠動脈、左奥から出ているのが左冠動脈です。左冠動脈は主幹部から2本に分かれます(前下行枝と回旋枝)。その血管が細くなってしまう病気が狭心症。詰まってしまう病気が心筋梗塞となります。

我々循環器(心臓や血管を扱う科で内科と外科に分かれます。ブラックペアンは循環器外科または心臓血管外科のお話になります)に携わる医師は狭心症や心筋梗塞に対する治療として大きく2つの治療法を持っています。

一つは内科の先生が行うカテーテル治療です。簡単にいうと狭い血管や詰まった血管を中から広げステントを置くという方法です。道路が土砂崩れで通れなくなったら、土砂をどかせて綺麗にして、アスファルトが傷ついたりガタガタしてたら上から再度アスファルトで舗装するようなものです。

もう一つの方法は我々心臓血管外科医が行う冠動脈バイパス術です。狭い血管や詰まった血管はそのままにして、その先に自分の血管(自己血管)で迂回路を作る方法です。道路が土砂崩れになったら、土砂崩れはそのままで隣の道と繋げてしまう方法です。

冠動脈バイパス術が行われる場合は冠動脈が何箇所も狭かったり詰まったりしている場合や、左冠動脈の主幹部など大きな道が狭くなったりしている場合、すごく長い距離狭くなっていたり詰まっている場合にも行います。

それではダイレクトアナストモーシスとはどういう術式かと言いますと、冠動脈の狭い部分や詰まった部分を取り除き、自身の血管で取り替えてしまうという術式です。土砂崩れして通れない道路を道路ごとどけて、そこに新しい道路を作るようなものです。

ご想像していただくと分かるかと思います。道路を道路ごと剥がすって大変そうですよね。道路の下は地面と強固にくっついていますし、道路の横には家があったり木が生えてたりするわけです。冠動脈も同じです。冠動脈の下には心臓の筋肉があり冠動脈とくっついていますし、横には脂肪があってコーティングされています。時には心臓の筋肉の中に埋まっている冠動脈もあるんです。それを剥離といって冠動脈だけ露出して切って、また新しい血管を縫い付ける…想像するだけで難しそうですよね。

一方我々心臓外科医が良く行なっている冠動脈バイパス術は冠動脈の上だけ剥離して切って自身の血管(内胸動脈や橈骨動脈や足の静脈等)を繋げれば良いだけなんです。冠動脈を全部周りから剥がすよりは簡単そうですよね。

天城先生はそのダイレクトアナストモーシスを簡単に行い、全て成功させている。

ここで劇中でも言われている「世界で唯一できる」とはどういう意味か解説していきます。手術ができるという意味は、たまたま1回偶然できました、という意味ではありません。手術ができる、の定義は何回繰り返しても同じような成功率で完遂できるという意味なんです。

ダイレクトアナストモーシスは私も同じような術式をやったことはありますが、ある好条件が重なればできますが、全部の患者さんにできるというわけではありません。天城先生の世界で唯一できるという意味は全ての冠動脈疾患にダイレクトアナストモーシスが施行できて、全て成功しているという意味なんです。

それではシーズン2第1話の天城先生の手術シーンを見てみましょう。

まずオーストラリアの外科医が胸を開けるという作業をします。心臓は胸のほぼ真ん中にあります。心臓に到達するためには胸骨という肋骨と肋骨の間にある骨を切らないといけません。骨は非常に硬いので電動のノコギリ(ストライカーなど)で切ります。胸骨を切り胸を開ける開胸器を取り付けると、心膜に包まれた心臓が現れます。映像では心膜は切ってあり心臓は露出しています。

外科医は「胸開きました」と天城先生に伝えると天城先生は椅子に座り、グラフト(冠動脈の狭窄した部分の代わりとなる血管)となる内胸動脈を採取し始めます。内胸動脈は胸骨の裏側両サイドに1本ずつ2本あります。裏側にへばりついているように走っていますので、特殊な開胸器(片方だけ上がって裏側が見えるような構造)を使用して採取するのです。この胸骨の裏にへばりついた内胸動脈を剥がす(剥離と言います)のは心臓外科医として一番と言っていいほど大切な手技です。通常は全長で20cmほど剥離するのですが、速い人だと10分以内に採れてしまいます。ダイレクトアナストモーシスの場合は全長に渡り剥離する必要はありませんので、天城先生は一瞬で採取してしまいます。

内胸動脈の採取(7~8cm)が終わると、ダイレクトアナストモーシスに入ります。

ここから天城先生の動きを確認していきましょう。まず冠動脈の狭窄部位を右手の示指か中指の先端で確認します。狭窄部位は石灰化していることが多く、普通の動脈の持つ弾力性がなくなっているのですが、ピンポイントで狭窄部位を認識するのは非常に難しいです。天城先生はその狭窄部位を数秒で認識します。

次に狭窄部位にスタビライザーという局所的に心臓の動きを抑える道具をつけます。左手にマイクロセッシ(細かい作業をするためのピンセット)、右手にメッツェン(先が曲がったハサミで天城先生はここで黄金色のメッツェンを使用します)で冠動脈の狭窄部位を含む前下行枝(心臓の前面を走る左の冠動脈の1本)を周囲組織から剥離します。

冠動脈が全周性に剥離されたら、その上流と下流(中枢と末梢という言葉をよく使います)にブルドック鉗子(血管を挟み血流を遮断する道具)を挟み、その間の冠動脈の狭窄部位を切ります。そこに先ほど採取した内胸動脈を置き、中枢と末梢を8-0という髪の毛よりも細い糸で縫合していきます。針の長さは6mm、連続縫合といって1本の糸でぐるっと一周12針くらいで縫っていきます。針の間隔が細かすぎても血管は裂けてしまいますし、粗過ぎたら間から血液が漏れてしまいます。この感覚は血管組織との対話で、1針1針絶妙に間隔を変えて縫っていきます。

天城先生は一箇所2分半、2箇所5分で吻合します。吻合した後、先ほどのブルドック鉗子を外して、血液が置換したグラフト(内胸動脈)を通り良好な血流が冠動脈に流れていきます。ブルドック鉗子を膿盆にカランカランと入れてダイレクトアナストモーシス完了となります。

もう一度復習すると、狭窄部位を右手示指中指で確認。スタビライザーを左手で設置して右手のネジをぐるぐるして固定。左手マイクロセッシ、右手黄金のメッツェンで狭窄部の冠動脈を剥離、ブルドック鉗子を両手にもち中枢末梢をクランプ。メッツェンで冠動脈切離、採取した内胸動脈を置き中枢末梢を左手マイクロセッシ、右手8-0で連続縫合し、糸結び7、8回して右手メッツェンで糸を切って中枢末梢のブルドック鉗子を外して完了。「ルペラシオンエフィニ ルクレシボ、心臓は美しい」となります。

これを1回で覚えて何回も繰り返すうちに天城先生の手技スピードはどんどん速くなり、猫田さんが器械出しになるとますます速くなり、そうなると手元もどんどん速くしないといけないからかなり大変。自分もかなり練習して手元の撮影に臨みました。

天城先生の手技に関して、本人とも色々話したのですが、私が「左手とかで縫ってもいいし、表現は任せるよ」と伝えたところ「それだとギシさん大変でしょう」。
「えー!すげー優しい!」に対して「それしか考えてないから」のアンサーいただいたことを鮮明に覚えています。

やはり天城先生は器がでかい。渡海先生は繊細さの中でガシガシ高速で縫合していく男気のある中に優しさをもつ手術をしていましたが、天城先生は扱っているのが主に冠動脈で髪の毛よりも細い糸を操っていますので、渡海先生よりも繊細さを表現しています。糸を引くときの優しさ繊細さを強調し、クラシック音楽を背景に、指揮者のようなタクトを振るような演出は西浦監督の案です。クラシックは天城先生の案、パガニーニの選択も絶妙。悪魔的精緻を極めた手技のBGMには持ってこいの選曲で、ずーっと見ていたいような手術シーンでした。