腹部大動脈人工血管置換術

文字通り腹部の大動脈を人工血管に置き換える(置換する)手術です。
大動脈瘤が破裂していない状態で、やりやすい場合は我々心臓血管外科医が行う最初の大きな手術となります。私自身も初期研修医2年目の時にいきなりやってみろと言われ、今回の世良先生とまったく同じ状況となりました(その時は渡海先生とは違い、非常にやさしい上司がサポートしてくれました)。

腹部大動脈瘤を英語表記するとAbdominal Aortic Aneurysm、頭文字をとってAAAと書き、トリプルエーとかスリーエーとか読みます。「あいつ、スリーエー1年目でやらせてもらったらしいよ」。とか、「あの先生はトリプルエーを1時間半でやったらしいよ」とか、よく我々をざわつかせる病気でもあります。

しかし(切迫)破裂となるとその難易度は上昇し、非常に難しい手術となります(通常の手術でも難しいタイプのAAAはあります)。なぜならそもそも破裂=出血しているので患者さんの全身状態が悪い、お腹の中が血液だらけでどこに血管があるのかわからない、さらに破裂するほどの動脈瘤を持っている患者さんの血管は非常に脆いので、人工血管を縫い付けても血液が漏れて出血してしまうことが多いからです。

渡海先生と世良先生が手術している画像が出ていました。よく見るとY型の人工血管を使用していますが、ほとんどの腹部大動脈瘤の人工血管置換術は、このY型人工血管を使用して行われます。手術は大動脈瘤を人工血管に置き換えるのですが、動脈に人工血管を手縫いで縫い付けるのです。お腹の中心にある腹部大動脈に人工血管を縫い付けて、その後、右の足に行く動脈(右総腸骨動脈)にY型の片方を縫い付けて、左の足に行く動脈(左総腸骨動脈)にY型のもう片方を縫い付けて終了となります。

筒形の動脈に、筒形の人工血管を縫い付けるのは結構難しい作業ですが、我々心臓血管外科医の基本手技でもあります。縫い目が綺麗でなかったり(間隔が一定でない)、糸を引っ張りすぎて動脈の壁が裂けてしまうと、大出血してしまいます。動脈の壁はすべてが同じ硬さではなく、硬いところと柔らかいところで針を刺す力を微妙に変えて縫う必要があります。その力加減を間違ってしまうと、動脈の壁が裂けていってしまうのです。

ペアンを外して世良先生はまさに大出血を起こしてしまいました。ここは演出上ペアンを外しているのですが、正確に言うとペアンではなく、(人工血管用)遮断鉗子を外します。ペアンは少し挟む力が強いので人工血管を挟むにはあまり適さないという先生が多いと思いますので、若い外科医の先生方はブラックペアンの真似をすると上司に怒られる可能性がありますので要注意。

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イムス東京葛飾総合病院 心臓血管外科 
山岸 俊介

冠動脈、大動脈、弁膜症、その他成人心臓血管外科手術が専門。低侵襲小切開心臓外科手術を得意とする。幼少期から外科医を目指しトレーニングを行い、そのテクニックは異次元。平均オペ時間は通常の1/3、縫合スピードは専門医の5倍。自身のYouTubeにオペ映像を無編集で掲載し後進の育成にも力を入れる。今最も手術見学依頼、公開手術依頼が多い心臓外科医と言われている。