自動音声とAIアシスト音声

さて、このような自動音声と女性声の関係は歴史的な背景を持っていたわけだが、現在の自動音声で身近な存在は、冒頭で紹介した場面に加えてAIアシストだろう。

AppleのSiriやGoogleのアレクサはAIアシストの代表であり、利用者の指示や問いかけに自動音声が答えてくれる。AI化が進む現代社会において、自動音声は不可欠と言っても過言ではない。

そして、その声のほぼ全てが女性声なのだ。ジェンダー・フリー、ジェンダー・ニュートラルな意識が社会のなかに少しずつではあるが浸透しつつある現代社会において、なぜ自動音声の声だけは女性声であり、なぜその点には誰も疑問を持たないのだろうか?

一つには、先述のように元々女性が担っていた仕事が機械化、自動化される際に案内用の音声が必要となり、そもそも女性が担っていたのだから女性の声を使うという無意識の流れだ。この流れは、ある意味で自然な流れであり、姿の消えた女性の身体を、切り離された声で違和感なく受け入れてもらう方法だったと考えられる。

例えば、エレベーター・ガールがある日突然エレベーター・ボーイに変わったとしたら、どうだろうか?最初は違和感を持つが、それが日常化されるにつれて人びとは違和感を持たなくなる。しかし、不評は存在する。例えば、丁寧さがない、威圧感がある、仕事内容に合わないなどだ。そして、新聞やワイドショーのネタとして取り上げられ、ジェンダー問題として形作られていく。

その一方で、男性声が使われている自動音声もある。例えば、近鉄電車の車内自動音声は男性声だ。また、JR北海道の自動音声も一部男性声になっている。近鉄電車に乗った際には最初違和感があったが、次第に慣れてしまった。

あと、駅のプラットフォーム自動音声は男女の混合だ。これは、視覚障がい者向けに、声の性別によって区別ができるように配慮されているからだ。つまり、声の性別は、われわれにとって極めて認識しやすい音声情報なのである。であるならば、なおのこと使われている自動音声にジェンダーの偏りがあるのは、何らかの事情や理由があるはずだ。

カーナビやAIアシストは、まさに「アシスト(補助)」という役割を担っている。どちらも音声を男性声に切り替えることはできるが、わざわざ切り替える人は少ないであろう。なぜなら、デフォルトが女性声であることに違和感も問題も感じないからだ。

2019年に国連の教育科学文化機関「UNESCO」が、AIアシストの音声において女性声がデフォルトに設定されていることに対して、ジェンダーの偏りを助長するという報告書をまとめた。

この報告書の中で、AIアシストの初期設定声が女性声であることで「女性は愛想良く従順で、いつでも人を助けて喜ばせたいと思っており、ボタン一つ、あるいは音声で命令するだけで利用できるという概念を固定させるだけでなく、不当な扱いでも我慢するという偏見を助長させる」と指摘している(3)。

つまり、AIアシストが女性声であることで、現実世界の女性に対するジェンダー的な役割が固定され、指示に逆らうことなく従順に従い、しかもそのことに喜びを感じているような意識も利用者に持たせる危険性があるということだ。

そして、もっとも重要視しているのが、AIアシストの開発者たちが無意識に、無自覚に女性声をアシスト音声として初期設定にしてしまっていること自体なのだ。つまり、アシストという役割は、女性を前提に認識されている結果なのである。