■『忘れられた存在ではない』としっかり示すことが私たちの使命

北部の要衝チェルニヒウで取材を続けるススピーリネの記者、オレクサンドル・コテンコさん。


彼とともに現場で惨状を伝え続けているのは・・・

ススピーリネ コテンコ記者
「カメラとスマホとマイクがそろってフル装備だ。見て!!彼はアンドリーだ。全世界がこの英雄を見るべきだ」


地元テレビ局のカメラマン、アンドリーさんだ。この街では民放が入るビルが巡航ミサイルの爆撃を受け、ウクライナ全土に向けた放送網を持っていたのはススピーリネだけだった。

しかし、ススピーリネには戦場取材に必要な装備が無く、地元局のアンドリーさんが自ら撮影を買って出た。彼らが一緒に取材した爆撃現場のひとつ、街はずれの教会を案内してもらった。


ススピーリネ コテンコ記者
「ここで取材をしている間、常に偵察用のドローンが飛んでいました。私はドローンは気にせず、早く撮影して逃れることだけに集中していました」

地元民放 アンドリー​カメラマン
「あそこにある別の爆撃された建物も撮影したかったけど、激しい攻撃が近くなってきたので居場所がバレたと思いました」

ススピーリネ コテンコ記者
「そう、撮影をしてるとどんどん攻撃が近くなってきた」

地元民放 アンドリーカメラマン
「でも、どの角度から撮ればいいのかとかそんなことばかり考えていましたけどね」

金平キャスター
「戦争の時のテレビの役割や取材の重要性についてどう思いますか」


地元民放 アンドリーカメラマン
「私たちが取材しなければチェルニヒウで起きていることは誰にも知られないんです。チェルニヒウが侵攻されている間、他のメディアが近づけなかったので、ここで起きていることを全世界に向けて発信することは非常に大切な事でした」

ススピーリネ コテンコ記者
「私たちは『ニュースマラソン』でこの街の惨状を放送していたのに、『チェルニヒウの様子を見たことない』とネット上に書き込みがあったんです。この街の住民は『自分たちは忘れられた存在だ』と落ち込んでいたんです。だから、『忘れられた存在ではない』としっかり示すことが私たちの使命だったんです」


今も2人は協力し合いながら現場から情報を伝え続けている。